アフロ瓦 斎藤

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タイトル「レモネード」

 すっぱい、口がすぼむ。しゅわしゅわ~って弾ける泡が、口から入って喉を通る。
 鼻を動かすと、レモンから香る柑橘の匂いが脳を刺激する。カラン。レモネードが入ったグラスの中で、転がった氷の音に耳を傾け、グラスを天高く上げた。

 そして、グラスをテーブルに叩きつける。低く鈍い大きな音が響き渡り、向かいに座っているブレザーを着た青年の食器が一瞬だけ浮いた。

「なっ……えぇ……」

 青年は戸惑い、食べかけのサンドイッチを置いた。高校三年生になったから? 何か言いたげだが、鋭い眼光を向けて黙らせる。この場は静寂と緊張が支配した。

「お前……抱負はあるか? ヒック……ウぅ……」

 谷間が汗で蒸れて気持ちが悪い。あれ? 何だか目の前の青年が二重に見えて……えへぇ。

「ちょっと、藤谷先生。目の焦点が合ってませんよ!? 大丈夫ですか?」

「大丈夫っだってぇ~。あたしの心配より、お前の心配しろってぇ……うぃ」

「もしかして! 間違えてレモンサワーを!? 下戸なのに……」

 レモンの匂いを嗅いで、グラスを艶めかしい口元に持っていくが、青年の焦った声に遮られてグラス取られる。

「ダメですって!」

「お前ぇ……たかが、漫画家見習いのくせにぃ……あたしに教えを乞う側が生意気だぞぉー」

 頭がくらくらして……。顔を思いっきりテーブルに打ちつけて鼻血が出た。衝撃で目を覚ましたが、まだアルコールが抜けない。羞恥心で死にそう。

「あぁーもう!」

 青年に介抱されながら、店に謝罪して会計済ませてから店を出る。

「……こんな状況じゃなきゃ言わない。エイト、君は今年の抱負っていうのあるか?」

 顔は、酔っぱらって赤い、だが表情は真剣そのもので、瑞々しい瞳で青年の目に合わせる。

「え? ありますよ。じゃなきゃ、藤谷先生の元でアシスタントなんかしませんよ」 

「なら、いいんだ。君は受験生だろ? あたしがアシスタント時代はさ、好きなことで後悔して辞めていった人達が沢山いて、君も同じように離れるじゃないかって」

 吐いた溜息が青年の耳に吹きつけた。あたしみたいに、顔が赤くなった青年を見て、少し嬉しそうに笑う。

 青年に沢山助けられたことで、あたしの漫画はアニメ化までいけた。あの嬉しさを覚えたら、あたしから青年が離れることを想像して、瞳が涙で潤む。

「辞めませんよ。なんてたって今年の抱負は、藤谷先生に僕の作品が雑誌に載る所を見せることですから。実際、藤谷先生の担当編集に声かけられて、既に賞には応募しましたから」

 照れながら、微笑む青年の顔を見て、肩の力が抜けた。ずっと胸の中にあった冷たい氷が溶けたみたいだ。

「ふふっそうか。私がな、抱負を聞いたのは、一番、嫌なことが、好きなことから離れられることなんだ。だから絶対に、一度決めた抱負から逃げるなよ。ずっと待ってるからな」

 夕日に照らされて、長い二人の陰が伸びる。徐々に二人は遠くに行って小さくなった。

「待っててください。それより、普段こんな恥ずかしいこと言わないのに……」

 甘く、どこか大人の味のレモネードと青年とのやり取りを思い出す。

「レモネードのせいだ」
 夕闇の中、青年に笑われて、肘で小突く。

1/2/2026, 2:01:32 PM