ハイル

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【また会いましょう】

 凍てつく外気が皮膚を刺す。真っ暗闇が広がった夜空には、ぼんやりと月が浮かんでいる。
 今が何時で、ここがどこなのか定かではない。ただ、感覚に訴える刺激が、ここは現実だ、と言っているようだった。
 俺は、ビルの隙間を縫うように逃げ惑う男の背中を追っていた。彼がなぜ逃げていて、俺がなぜ彼を追っているのかはわからない。意識が晴れた時にはすでに、この関係が始まっていた。
 俺は懸命に駆ける。冷えで鈍くなった関節を無理矢理に動かす。男の背中が眼前にまで迫ると、腕を伸ばしてそいつを突き飛ばした。
 男は突然の衝撃に耐えかね、情けない声をあげながらコンクリートの地面に転げ落ちた。車に轢かれた蛙のようにひしゃげると、おどおどとした顔でこちらを振り返る。
 なんとも情けない顔だった。その顔を見ていると、なぜか無性に殺意が湧いた。自分の中にこんなにもどす黒い感情が潜んでいるなんて、信じられなかった。
 俺の手には月光を反射する一本のナイフが握られていた。柄を握りしめ、思い切り得物を振り上げる。
 なんの躊躇いもなく、男の首筋に鋭利な刃先を突き刺した。鮮やかな血飛沫が吹き上がり、鉄の匂いが後から鼻腔へ入り込む。
 何度か鮮血の噴水を出したところで、俺はふと我に返り前方に目を向けた。
 男が立っていた。俺に似た男だ。そいつが暗闇でもわかる程ニヤリと微笑む。

「また会いましょう」

 何を言っているかわからなかった。
 俺はそこで意識を失った。

 目を覚ますと、見知ったベッドの上にいた。
 何か嫌な夢を見たような気がする。あまりにも現実味が強かったためか、全身が汗でぐっしょりと濡れている。
 とりあえずシャワーでも浴びようとベッドから降りた時、何か嫌な匂いを自分が発していることに気がついた。
 汗? いや、違う。記憶にある匂いだ。それもつい最近。
 俺は急いで洗面所へ向かった。鏡で自分の姿を確認すると、そのおぞましい姿に絶句した。
 返り血を浴びたかのような血塗れの俺が、そこには立っていた。

11/14/2023, 4:49:21 AM