「あ、三日月だ」
「バカ、朝に三日月がある訳無いだろ」
「え、でもほら見てみなよ」
そう言ってそいつが指さした先には、確かに細い月があった。もう昇っている朝日に照らされて、薄く輪郭を浮かばせている。
「三日月は夕暮れに見えるものだ。だからあれは二十六日とかの月。月の満ち欠けって知ってるか?」
「あえ?」
わざとらしくとぼけた声をする奴に右肘を喰らわせる。お前はそれでも天文部か。
「いたた……君ってば酷いなあ!」
制服の上にコートを着込んでいるから別に痛くもないくせに。朝から通学路でこいつと漫才をやる気力なんてこっちには無いんだよ。
さっさと置いていくと小走りで追いついてきて、また隣に並んだ。
「お前は古典が好きだろ。『有明の月』って言えば分かるか?」
「ああ! 分かるよ、あれがそれなんだ」
そいつはそれきり黙った。横目でちらりと見ると、マフラーで口元が隠れていて表情はよく見えなかったが、目線は西の空へ向いていた。
「……今この時代にも、恋人を待って有明の月を見る人っていると思う?」
学校から1番近い交差点に差し掛かったところでそいつはまた口を開いた。突発的に話題が止まり、戻ることなんていつもの事。
「コミュニケーションを取るならメッセージを送るだろう。チャットアプリなんて今どき山ほどあるんだし」
「そのメッセージを待って夜更かしするんだよ」
「自分から送れば良いじゃないか。分からないな、悪いけど恋愛情緒には理解が無いんだ」
「君はロマンが無いね」
「お前が夢見がちなだけだ」
「あら、私の話かと思ったらいつもの喧嘩だったのね」
ほとんど同時に後ろを振り返ると、同じく天文部所属のクラスメイトがいた。ふだんの気品を感じさせない大きな欠伸をしてから「おはよう」と眠そうに挨拶をした。
「おはよう有明さん。有明さんの苗字にまつわる話だったよ」
「それは気になるわ。是非教えてちょうだい」
「大した話じゃないから別にいいよ……」
お題:三日月
1/10/2024, 4:01:46 AM