大切なもの
『恋心
喜怒哀楽 その他全ての感情
時間も空間も
私の大切なものはワルツ第7番に奪われました』
気持ち悪いくらい美しいピアノの音色が私の皮膚を剥がし、脂肪や筋肉を食い散らかします。邪魔な骨は綺麗に取り除かれ、心臓が露わになります。
心地の良い三拍子に合わせて、もう無い足を揺らします。ぐちゃぐちゃになってしまった顔は、微かに紅潮しております。抉り出された目は、鍵盤を叩く貴方を見ています。
貴方の曲を聴くたびにこんなに心を締め付けられているのに、貴方は私の存在すら知らないのですね。
貴方の人生を覗くたびにこんなに心躍らせているのに、貴方の心臓はもう動かないのですね。
ワルツ第8番が響き渡ります。
軽快な音を聴き、少し冷静になった私は骨を正しい位置に戻し、食べられた私の一部を吐き出させ、最後に皮膚を被りました。愛の時間は終わりました。
あぁ、なんて健気なのでしょう…
それでも私の心臓はまだ愛するあの曲のリズムを刻んでいるのです…ずっとずっと、刻んでいるのです……
4/2/2024, 8:42:25 PM