池上さゆり

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 あの頃の不安だった私へ何か残せる言葉があるとしたら、私はなにを残すだろうか。

 一時は幸せだった。好きな人と結ばれて、仕事も順調でなんの不安もなかった。子どもにも恵まれて、特別な病気にかかることなく成長してくれた。こんなに幸せな生活を送れると思っていなかった私は本当に恵まれていると思っていた。
 だが、人間落ちるときは一瞬だ。家族で旅行に行った先で交通事故に巻き込まれた。生き残ったのは私だけで、旦那も子どもも亡くなった。突然、この世に一人取り残されて、何度も自殺を考えた。家族が着ていた服も捨てられなくて、一人の生活に耐えられなくって。呪いのように、毎日家全体の掃除をして、家族全員分の食事を作っていた。呪いは徐々に強くなっていった。旦那そっくりのぬいぐるみ、子どもそっくりのぬいぐるみまで作り上げた。身長も重さも同じ。ただ唯一違うのは、人間のように意思を持って動いてくれない。どうしたら動いてくれるのだろうと本気で悩んでいた。
 そんな時に友人が私の心配をして家に遊びに来てくれた。現実を受け止めきれていなかった私は友人にぬいぐるみの旦那と子どもを自慢した。その瞬間友人に肩を揺さぶられた。お願い、現実を見て、と。受け入れないとって。反射的に友人を帰らせてしまったが、その後もずっと心配してくれた。
 友人のおかげで数年経って、やっと私は現実を受け入れることができた。家族の墓参りに行くこともできたし、初めて涙を流すこともできた。
 あの頃の私は不安だったのだと思う。突然、孤独になって、どうしようもなくて、現実を受け入れるのが怖くて仕方なかった。だから、あの時の自分になにか言葉を残せるのなら、決して孤独ではないことを伝えられたらと思う。

5/24/2023, 2:01:17 PM