何食ったって胃もたれしなかった頃、何食ったってすぐ痩せることができた頃。
それらはまさしく甘い記憶の複数形であり、しょっぱい記憶のアレコレであり、温かくて冷たくて脂身の舌触りがなめらかな記憶でもあるのです。
おお、過去よ。箱いっぱいのキューブケーキよ。
あるいは10個以上詰めた手提げの紙箱、某ドーナツチェーン店のエンゼルフレンチだのオールドファッションだのポンなリングだのよ。
すべては、難なく痩せられた時代の、sweet memoriesなのです。
と、いう早々のお題回収は置いといて、
今回のおはなしのはじまり、はじまり。
最近最近の都内某所、某深い杉林の入口近くで、
別の世界に本拠地を置く異世界組織が、
期間限定、資金調達を目論んで、ゴールデンウィークの間だけ、ひっそり、こっそり、ちゃっかり。
店内飲食が可能な、ヌン活専門店を開きました。
名前は勿論、「sweet memories」。
店を開いたのは「世界多様性機構」という組織で、
「ここ」ではないどこか、別の世界で生まれたお菓子を、東京で手に入る食材と東京で可能な調理方法で再現、というコンセプト。
他の世界で実際に、バズったお菓子を並べておるので、そりゃ一部の都民には刺さるのです。
東京には無いお菓子、東京で見覚えのあるお菓子。
「お菓子」と呼べない気がするお菓子に、
「お菓子」の域を逸脱していそうなお菓子。
それらと一緒に紅茶をどうぞ、あるいは日本茶、工芸茶。不思議な味の薬茶もどうぞ。
そんなお店を、多様性機構が開いたのです。
すべては機構の支援拠点、都内の「領事館」の運営資金を、1000円でも2000円でも稼ぐため。
多様性機構には、カネがない!
なるべく安い食材を調達して、なるべく安い調理方法で調理して、原価率の低いものを「イチオシ!」表記、収益率の悪いメニューを小さくこっそり。
なるべく共通の食材で、なるべくパッケージ化されたセットで、多くのメニューが回るように。
そんなヌン活専門店なのでした。
「よし!ゴールデンウィーク前半は黒字だ!」
いいぞ、いいぞ!
多様性機構の領事館の館長さん、ビジネスネームを「スギ」といいまして、
今年開始したこの副業に、ガッツリ、手応えを感じておりました。
「この世界の連中は、俺達のスイーツの『本当の原価率』を知らない。儲かるティーセットばかり頼んでいく!うはははは!」
異世界の技術を使って、とことん原価を下げてさげて、原価100円を2000円で提供。
異世界の技術が使えないメニューは、ほぼほぼ赤字も同然ですが、都民はまったく見向きもしません。
「今年は良い思いが――甘い思いができそうだぜ」
さぁ!ゴールデンウィーク後半戦!
このまま利益率の良い菓子と良い茶だけ、売り抜けて目標はプラス100万だ!
館長のスギさん、部下のアテビとヒノキとヒバを、鼓舞して皆で一致団結!
今年こそは領事館を、財政的余裕とともに運営してゆきたいと、職員一同思っておったのですが。
「あったぁ!コンちゃん、ココだよー!」
甘い思いを胸に秘めた、異世界職員の甘い考えは、
その日の開店早々10分で、見事に、盛大に、打ち砕かれてしまうのでした。
「カラスさんがねぇ、『この期間限定のお店のフルーツ大福と紅茶セットが美味』って!」
一緒にいっぱい、食べようねー!
るんるん笑顔で入ってきた、かわいい子狐抱えた女性が注文したのは、税込み5000円、季節のフルーツ大福餅と高級紅茶のティーセット。
イチバン、利益率の悪い商品です。
イチバン値段の高い商品です。
高級イチゴとブランドもち米と、それから良い紅茶を使ったこのセットは、「フルーツ大福」という伝統菓子自体が「異世界の技術」と低相性。
シンプル過ぎて、原価を下げられないのです。
なんならぶっちゃけ、頼まれるだけ赤字なのです!
「あの、お客様」
冷や汗スギさん、子狐抱えた女性客に、他のティーセットを勧めます――ペット同伴オーケーなので、子狐が居ることは別に良いのです。
「せっかくの異世界ヌン活店です。
他の異世界っぽいスイーツを、お試しになっては」
「だいじょーぶです!」
この、高級フルーツ大福をください!
女性客の意志は揺らぎません。
そして、スギにハッキリ、言いました。
「ここのお店の異世界お菓子の、元ネタ全部、ぜぇーんぶ、食べたことあるので!」
だから、この、フルーツ大福ください!
女性客は確固たる覚悟で、言いました。
それから先は、あえて詳しくは語りません。
ただ女性客と子狐が、1人と1匹して大量に、規格外に高級フルーツ大福だけを注文して、
領事館が数日かけてコツコツ積み上げてきた■■万の純利益を、たった1時間でマイナスに、
ガッツリ、ガクンと、落とし切ったとさ。
5/3/2025, 8:02:30 AM