香草

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「溢れる気持ち」

羽毛布団を切り裂いたことはあるだろうか。
私はかつて絵を描いていたときにそれを見た。
絵を描くことは私の人生だった。まだ10代だ。私の人生すべてをそれに集約するのは安直すぎると思われるかもしれない。
しかし文字通り絵を描くことは私の全てだったのだ。上手く流せない涙も昂った怒りも、言葉だけでは心の隅々まで表現できなかったことを絵なら形にできたのだ。
それを大人たちが「素晴らしい」とか「ダメだ」と点数をつけて評価するのも当時の私は受け止めてくれていると感じてさえいた。
しかしある時から私の感情に筆が追いつかなくなった。心の濃淡が絵の具の種類を上回り、筆の動きが感情の荒さや細やかさを表せなくなった。
出来上がったものは解像度の荒いコピー用紙でしかなかった。
言葉より私を分かっていたはずの絵がなくなれば私はどうやって気持ちを伝えればいいのか。
私は初めて拳でものを殴った。それでも絶望を埋めるには力が足りなくてハサミで布団を切り裂いた。
途端に視界を覆う白い世界。
決して再現できない羽根の舞。美しく冷たくどうすることもできない。
初めて私は美しいという感情で涙を流した。

2/5/2026, 12:53:50 PM