谷間のクマ

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《光輝け、暗闇で》

 上も下も、右も左も分からない、真暗闇の中。泥にでも足を取られているのか、うまく身動きが取れない。
「くそっ……、なんだこれ……」
 下へ下へ沈んでいくような感覚を覚えて、俺、齋藤蒼戒は必死にもがく。
「いやだっ……、誰か、」
 助けて。
 水は怖い。息ができないし、何より姉さんの命を奪ったモノだ。
 あの日のことがフラッシュバックして、恐怖で体が強張る。このまま、沈みたくない。いつか死ぬとして、水の中では死にたくない。
「   」
 そんな恐怖に呑まれて動けない中、声が聞こえた。でも不明瞭で、何を言っているのかまではわからない。
「   」
「誰……?」
 また聞こえる。真暗闇の中、小さな小さな光が見える。
「  ぃ」
 だんだんと大きく、そしてはっきりとしていく声。
 この声は……、よーく聞き慣れた、双子の兄の春輝の声だ。いつも闇の中から俺を助けてくれる、優しい声。
「……はるき?」
「あおい!」
 俺がその名前を呼ぶと、答えるようにより一層大きな声が聞こえた。
★ ★ ★
「蒼戒!」
 名前を呼ばれ、ハッと意識が覚醒する。
「あれ……、俺、一体何を……」
 夢でも見ていたのだろうか。真暗闇の中にいたような気がする。
「お、起きたか。お前またうなされてたぞ。大丈夫か?」
 目を瞬いて声のする方を見ると、月光をバックに春輝が立っていた。なんだかその姿が神々しく見えて、俺は一瞬自分の目を疑う。
「春輝……、大丈夫……。悪い、また迷惑かけたな……」
「はっ、そんなこと今更気にすんなって。そーいや今日満月みたいで月がめちゃくちゃ綺麗なんだけどちと見に行かね?」
「ああそれでか……。通りで電気もつけてないのに明るいと思った……」
 俺はそう呟きながら立ち上がって春輝と共にベランダに出る。
「おー、やっぱキレイだなー」
「ああ……」
 大きな月が、俺たちを見下ろしている。真夜中の暗闇も物ともせず、煌々と輝いている。
「そーいや俺が太陽ならお前は月、ってそう言った奴がいたよな」
 春輝が満月を見上げてふと呟く。
「いたな……。誰だったのかは覚えていないが」
「でもいい例えだよなー。わかりやすいっつーか、なんつーか」
「確かにな。…………知ってるか、春輝。月は太陽がないと、輝けないと。見えなくなってしまう、と」
 俺はお前がいないと、輝けないと。生きてはいけない、と。
 でも太陽は月がなくても、自ら輝くことができる、と。……春輝は俺がいない方が、自由に生きることができる、と。
「知ってるよ。でも、太陽だけじゃ星空は作れない。月がないと、夜空は作れない。……俺はお前がいなきゃ、生きていけない。お前がいない世界なんて、生きたくない」
 そこまで伝わってたか、と俺はひとり苦笑する。
 俺は春輝にとって自由を縛るような存在でしかないはずなのに、春輝はいつもそれでもいいと、いなくならないでと、言ってくれる。本当に、いい奴なのだ。
「俺も……、お前がいない世界なんて生きたくないな」
 月は太陽がないと輝けない。だからどうしても太陽を求めてしまう。それが良くないことだとわかっていても。
「だったらお互い長生きしねーとな! さ、寝るか!」
 春輝が明るく言う。やっぱり春輝は、俺の太陽で、光だ。どんな暗闇でも、明るく照らしてくれる。
「ああ。明日もあるし」
「そーいやいい加減議案書と予算案書かねーとだなー」
「お前まだ書いてなかったのか? 締め切り明後日なんだが?」
「ま、なんとかなるだろー」
「なるべく早く出して欲しいんだが?」
「えー」
 そんなことを話しながら俺たちは連れ立って部屋に戻る。

 光輝け、暗闇で。
 お前は太陽で、光。俺は月で、闇。
 ふたりでひとつの、世界がある。ふたりでしか見れない、景色がある。
 お前は俺の闇を明るく照らしてくれる光だから。真暗闇から救い出してくれるから。
 だから俺も、輝いていられるのだ。
(おわり)


2025.5.15《光輝け、暗闇で》
なんかめちゃくちゃだな……てか最近双子の話しか書いてないような……この双子使いやすいんだよね……

5/16/2025, 9:56:00 AM