陽月 火鎌

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炎がすべてを飲み込んで燃えていく音と、避難者や野次馬、救助に来た人間の声が重なり響き、焦げついた匂いが周りを支配していく。
そんなことが目の前で起きているのに、彼女はこの事態を現実だと信じきれていない。

「ぁ…あ……わた、し…いや、火……いやぁ…」

彼女は”火”にトラウマを持っている。
だから、ガスコンロといった調理器具を使うことも出来ず、どんなに魔法を学び直しても、火属性を扱うことが出来ずにいる。

「けど…中……探しに、行っちゃってる……っ…」

彼女は親友とその娘である少女の三人で、燃え続けている建物に遊びに来ていた。
親友が少女に贈るプレゼントをこっそり買うために、少女の見守りを彼女に任せて別れていた最中に、この火事が発生した。
アナウンスの避難誘導の声に従って、周りの避難する人々の流れにのって、少女と共に外へ避難した彼女だったが、暫く経っても親友に会えず、いても立ってもいられなくなった少女が、消防士や周りの声を振り切って、未だ燃え続けている建物へ行ってしまったのだ。

「どうし、たら……いいの…?」

その質問への返答は、返ってこない……いや、答え自体は彼女の中に存在するのだ。ただの恐怖が、彼女をその場に縛り付けている。恐怖さえ乗り越えればいいのだ。
しかし、彼女を助ける存在は…⸺彼女の恐怖を消せる存在は、今は疲れきってしまっていて、頼れない。

⸺はぁ……このままだと、別のお前と同じ未来に行き着くぞ。今のお前が動き、別のルートのお前と違う行動をすれば、お前の親友と少女を助けられるというのに。お前はお前の天使ちゃんとやらを、助けたくないのか?

「あ……この、声…幻聴、じゃ……ない…?」

⸺当然だ。

「動けば、間に合う…?」

⸺あぁ、そうだ。
⸺決断しろ。

私の言葉を聞いた彼女は自らの頬を叩き、口を開く。

「……私、決めた。二人を見つけて、助ける。魔法を見られたら嫌われるだとかは、終わった後で考えればいい。私が持ってる力全部使って二人と……逃げ遅れた人を、火の海の中から助け出す」

⸺そうか…お前は、赤の他人も救うのだな。

「あら…貴女の時は、助けなかったの?」

⸺!…やはり、気づくか。

「当然。でも、なんで助言してくれたの?それくらいは聞いてもいいでしょ?ね、私」

⸺私は、絶対的な盾を無くしてしまったからな…お前より失うことに慣れて、私以外の結末に興味がなくなってしまったのだよ。

「ふーん…アイツがいなくなったことを乗り越えてる、ね。結構精神にキたでしょうに。まぁ、私以外に興味が無くなるのは、私も同じことになりそうだし、分からなくもない。⸺ほら私、そろそろナレーション再開してよ。あると気分上がって魔力の操作のキレが増すからさ!」

⸺あぁ、了解した。


彼女は何も存在しない空間に向かってしていた会話を終えた後、いくつかの魔法を発動させる。

酸素が無くても息ができる魔法。
火傷をしないよう、火炎耐性を付与した結界魔法。
素早く動けるよう、身体を強化する魔法。
人の位置を把握し、なるべく最短の距離で助けられるように、一定範囲を探知し続ける魔法。

それらを発動させ、走り出す。
途中、彼女を静止する声や前に立ち、彼女を止めようとする人間がいたが、彼女は声を無視し、人間は飛び越えたり、合間をすり抜けたりなどをして、建物の内部へ、助けを待つ幾人かの元へ向かう。

彼女の中にある恐怖が、完全に無くなった訳ではない。
しかし、勇気というモノで、一時的に覆い被せて感じないようにすることはできる。


⸺見せてよ、私。アイツがいて、甘ちゃんのままだった私が、アイツの手を借りずに抗う姿を。

【私は私を応援している】

11/21/2024, 3:04:09 PM