指定された喫茶店に入るとすぐに一番奥の四人がけテーブル席に通された。
頼んだ飲み物が来るまでの間、私はキョロキョロと店内を見回す。
……中々おしゃれで落ち着いたところだな。
イスもテーブルも手入れが行き届いていると一目でわかるぐらいにピカピカだし、年季は入ってそうだけど古臭くない。
今度何もない時にも来たいなと思えるくらい居心地が良かった。
……隣の先輩が思い詰めたような顔をしてうつむいていなければ、だけど。
「先輩、そんな怖い顔しないでくださいよ。ほらスマイルスマイル、です」
「……君は私の悩みがわからないからそんなことが言えるんだ。ほっといてくれ」
「そんなヤケにならないでくださいよ……」
「すみません。君たちが文芸部の?」
見上げると優しそうな目をした男の人がいた。
歳は私たちとあまり変わらないような気がするけどすごく大人っぽい雰囲気の人だとなんとなく思った。
「あ、はい。私は東城みどり、こっちが先輩の……」
「……石井瑠璃子」
「ご丁寧にどうも。僕は黒渕空。君たちの高校の卒業生です。
それじゃ早速だけど見せてくれないかな?」
黒渕さんがイスに座ったとほぼ同時に先輩があの原稿用紙を出す。
中身をみた黒渕さんは少し寂しそうな顔をして「懐かしいなあ」と呟いた。
「これ作ったの僕だよ。彼が文芸部の後輩のために一目見てびっくりするようなものを作ってほしいって頼まれてね」
「それはいったいどういうことだ!?
私に先輩なんていなかった! まさか、デタラメ言ってるのではないだろうな!?」
テーブルをバンと叩いて先輩が身を乗り出す。
黒渕さんは結構びっくりしていたけれど、数回まばたきした後悲しそうな表情になった。
「……やっぱり、忘れてるんだね。
だけど、君のその口調は残ったようで良かったよ」
「……どういうことだ?」
「その口調は彼と同じなんだよ。みんなが忘れてしまった彼のね。
彼は言ってたよ。『後輩が私を忘れないために私の口調を真似しているんだ。……健気な後輩を持てて私は幸せ者だな』……ってね」
「……私に先輩なんていない!
みんなが忘れたというのなら、なぜあなたは覚えているんだ!?」
「それは私も思ってました。……どうしてですか?」
黒渕さんが口を開きかけたその時、タイミング悪く注文した飲み物が運ばれてきた。
「会話が白熱するのも良いけど、他のお客さんの迷惑にならないようにね」
と赤い髪の店員さんにしっかり釘を差されてしまった。
なんとなく興が削がれた気分になって、微妙な雰囲気が流れる。
口直しに頼んだミルクティーを一口飲んでもう一度さっきの質問をしようとしてふと思った。
先輩はなんで声を荒げてたんだっけ?
私さっきこの人に何を言ったんだっけ……?
2/8/2026, 12:45:16 PM