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日差し

あth〜あth〜

わたしの祖母は
つをthで発音する

台所へ立つ時やカーテンを開ける時、

事あるごとに
何度も何度も言うもんだから
気になって仕方ない

言葉が脳内で何度も繰り返されるからか
余計に暑い気さえしてくる

余計な暑さを与えられ苛々するわたし

扇風機の風にあたりながら
かき消すようにイヤホンを耳にねじ込み
爆音で曲を聴いた

祖母はこちらを見て口をパクパクさせていたが
わたしは知らんぷりをした


そんなジリジリと湿った夏はようやく過ぎ去り
冬を越えほかほかの春がやってきた

外はピンクの世界、満開の桜で
人々は浮き足立っている

わたしはいつもと変わらない道に
町に風景にひとり涙していた

外の世界は何も変わらないのに、
なぜ、なぜ
祖母だけがいないのでしょうか

なぜでしょうか

そう悔やみ涙するしかなかった

桜が無情にも美しく
ハラハラと舞っている

ガンだった

ステージ4の

まだ若かったのに

72歳、

まだまだ生きていてほしかった

今年の夏もまた一緒に過ごしたかった

うざがってごめん遠ざけてごめん
感謝を伝えられなくてごめん

悔やみきれない思いが
キリキリと心を切りつける

後悔ほど痛いものは無い

わたしはすがる思いで祖母の家を見に行ったが
電気などついてるはずもなく真っ暗だった
もう会えないことを現実として
直視せざるを得なかった


祖母が亡くなってからの
夏の日差しはわたしにとって
チクリとつらいものとなった

祖母の口癖を思い出しては
懐かしくなり会いたくなり
自身の無情の行いを悔いるのだった

そんなわたしも人並みに恋愛し
結婚をして親になった

子供の成長は嬉しいもので
祖母にも見せてあげたかった、と
そんな思いに打ちひしがれる

そして親になってもまた当たり前に
今年も夏の日差しはやってくる

ある晴れた夜、子供と線香花火をしに
近所の川辺を手をつなぎ歩く

生暖かい風がぬるりと湿った体にまとう

子供の額からじわりと出る汗を
拭ってあげていたとき
言葉を覚えたての子供が
わたしの顔を見上げ
あっつぃーね、と困り顔で訴えてきた

わたしは何故か祖母を思い出し
感情が一気に溢れ出て
子供を思わず抱きしめていた

子供は腕の中で少しもがいている

ごめんごめん、と膝についた泥をはらい
子供の頭をくしゃと撫でる

わたしは線香花火の放つ光を見ながら
祖母に対する罪悪感、懺悔の気持ちが
薄らいでいくのを感じていた

もういいよ、と祖母が言っているかのように
許された気がしていた

パチパチと鳴る音の奥で
子供が無邪気に笑っている

つらい夏の日差しがこの子のおかげで
あたたかいものになりそうという予感だけは
確かに感じていた

都合がいいかもしれないが
祖母からの贈り物のような気がして

ごめん、という気持ちは無くならないけれど
ありがとうという気持ちが上回った瞬間だった

それからはわたしにとって夏の日差しは
嫌なもので無くなった

祖母と子供
両方の存在を感じられる

大切で待ち遠しい、そんな季節になった

7/2/2024, 6:28:29 PM