つっち

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『星を追いかけて』


「あれ、シリウスって言うんだよ!」

真冬の星空の下で、指を突き出し白い息を吐きながら君は言った。
寒さか興奮しているからか、両頬は赤くなっている。
シリウスという星のことを知ったのは、秋のことだった。



放課後に2人でいつもの場所で待ち合わせをしていると、星座図鑑を持って君は現れた。

「みてみて、図書館で借りてきたんだ。一緒に見ようと思って!」

「星座図鑑…?」

「そうそう!いろ〜んな星座、のってるんだよ。日本では見れない星座のことも書いてるんだ〜。」


キラキラとした瞳でこちらと星座図鑑を見る彼の顔は、私にとっては眩しくて、今でも昨日の事のように思い出せる。


「これ、僕が1番好きな星座なんだ。おおいぬ座
シリウス!地球で見える星の中で、いっちばん光ってるんだって!」

「へぇ〜!見れるのは冬か、まだちょっと先だね。」

「もうすぐ見れるのが楽しみ!冬になったら、絶っ対一緒に見ようねっ!」

「もちろん!一緒に見るの、楽しみにしてる。」


それから、毎年冬になると、2人でシリウスを見るという習慣ができていた。
毎回君は、輝いた瞳で空を見上げながら、1番好きな星なのだと私に熱弁していた。
私にとってシリウスを見る君の横顔が、空を写す君の瞳の方が、なによりも輝いて見えていた。

ある時、君は不意に私にこう言った。

「死んだら、お星様になるっていうじゃん。
もしも、僕が死んだら、シリウスの隣に行きたいな...。
ここからでも、こんなに綺麗に輝いて見えるなら、近くならもっと眩しくて、綺麗に光ってるだろうから、近くで見たいや。」

憧れるようなそんな目つきで話す君の横顔は、いつもよりも静かに美しく輝いていた。
そんな彼に見惚れて、ぼんやりと眺めることしかできない。
「それに、見つけやすいでしょ。シリウスが目印になって。僕、シリウスの隣に行くからには、その次に光るぐらいはやってやるよ。」

こちらを見据える眼差しは、どこまでも真っ直ぐで、本当にそうなるんじゃないかと、思えてしまった。

「じゃあ、その反対側に死んだら行くよ。シリウスにも負けないぐらい、私は光ってみせるけどね。」

「あ〜っずる〜い!それじゃあ僕もシリウスよりも光ってやる!」

「あっはは!負けないよ!」

死んでしまったら、という話に少ししんみりした空気が流れていたが、段々と楽しくて笑いあっていたのをよく覚えている。


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「あ、シリウスだ。」

季節は巡り、何度目かの冬がやってきた。
あっと今に年を越し寒さは厳しくなるばかりだ。
仕事で疲れた体を上に反らし、伸びをする。
冬の乾燥した星空のその中に一等輝く星があった。

見つけた途端、無意識に口からこぼれた。
それと同時に、幼き日々のあの約束や、彼のことを思い出す。

約束がはたされなくなったのは、数年前。
彼がこの世を去ってから。
大人になってからも毎年の恒例行事だったシリウス観測も、彼がいなくなってからは星を見るのも辛くて辞めてしまっていたのだ。
久しぶにみるシリウスは、それはもう星空一番に美しく輝いていた。

「でも、あいつの方が輝いてたな....」

シリウスを眺める横顔を思い出す。
何よりも、眩しくて、輝いていた横顔を。
隣で輝いていた、君を。
手を伸ばせば触れることができて、追いかけて追いかけられて。
でも、君はもう、手の届かない場所にいて。

頭では分かっていたが、空に手を伸ばさずにはいられなかった。

「シリウスよりも、光ってたのに、まだ空の上では負けてるじゃん...早くシリウスよりも光って、私が見つけられるように、手の届くように、その後追いかけられるように、光ってよ....。」

ポツリと、白い息と共に消え入った。

7/21/2025, 4:02:27 PM