Yushiki

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 その世界の中心には、大きくて真っ赤な炎が立ち上っていた。その炎はいつからあるのか、どうしてあるのか誰も知らない。人々は古くからその炎を囲うようにして街を作り、生活を営んできた。炎のあたたかさで地上は寒さを知らずに過ごせ、光に恵まれた大地から豊かな実りがもたらされる。
 まさにその炎は人々にとっての生きるための糧だったのである──。


******


「もう止めましょう」

 旅人は切実な声で訴えた。

「それはできないよ。これが僕の役目なんだ」

 旅人から少し距離を置いた場所に座る男は穏やかな態度で答える。そんな男の様子に旅人はいてもたってもいられなかった。

 旅人の前にはあの大きな炎が轟々と燃えていた。そしてそのすぐ手前には男が小さな椅子に腰を掛けている。けれどとても奇妙なことに、座る男の傍らにはこんもりと大量に積まれた薪の山があった。男はその山から薪を一本取り出すと炎へと投げ入れる。
 ぱちりと火の爆ぜる音が辺りに響いた。

「どうして貴方ばかりが、こんな辛いことをしなければいけないのですか?」

 男の皮膚には長い間熱い炎にあてられたためにできた、いくつもの火傷の跡があった。

 世界を巡りに巡った旅人は、この場所に辿り着くまで知らなかった。この世界の仕組みを。
 まさかたったひとりの力が、皆の平穏を形作っていることを。

「辛いこと? そんなこと思ったこともないよ。これは僕の役目で仕事なんだ。ずっと昔に神様からもらった僕の使命さ。この使命のおかげで僕は誰かの役に立てるんだ。こんな素敵なことってないだろ? だから、君がそんなふうに気にすることはないんだよ」

 男は笑って、また薪を一本投げ入れた。
 この世界を支える炎が消えないように番をすること。それが男が昔、神様とやらからもらったたったひとつの生きる意味らしい。

「さぁ、もう行きなさい。慣れない者がここに長くいると、炎の熱さで倒れてしまうから」

 男はそう言って旅人を送り出した。旅人は離れ難かったけれど、確かに肌に受ける熱はとてつもなく熱くて、呼吸もしづらいことを自覚していた。

「──どうかお元気で」

 男がそう言ったのを最後に聞いて、旅人はその場から去った。あれから一度も男には会っていない。何故か再びあの炎の近くへ行こうとすると、いつも辿り着けずに元の場所へと戻ってしまうのだ。

 旅人はあたたかくて眩しかった、男の笑顔を思い出す。
 強くて、優しくて、ひたすらに痛い。
 ああ、何て表せばいいのだろう。
 そう、彼は、まるで──。



【太陽のような】


 太陽という存在がない、どこかの世界でのお話。

2/23/2023, 8:34:44 AM