与太ガラス

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 風の強い日だった。

「まっずいなぁ」

 おじさんが言った。わたしは「どうしたんですか?」と聞いてみた。

「春の風は、厄介なヤツを引ぎ寄せるからなぁ」

「ああ、花粉ですか?」

「いんや、そんな生易しいもんじゃねえ。ヤツは目には見えねぇんだ」

 花粉も目に見えないだろ、と思ったがもっと小さいなら

「黄砂とかPM2.5とかですかね」

「そんなもんだねぇ。そいづはな、春風とともにやってくる怪物だ」

 怪物? 目に見えない怪物?

「ウチらの間では、そいづはLOVEと呼ばれでいる。そいづに取り憑かれると内側から蝕まれでいぐ。そいづは人の心では抗いがたい、ある種の衝動を与えるわげだ。」

 抗いがたい……失礼だがこの人の口から自然と出る言葉ではないような、どこかの文献か他人から聞いた言葉を口にしているような気がした。

「気ぃ付けろ。そいづは太陽の季節を過ぎるど、いつの間にか居なぐなる。それがお前さんに悲劇ばもたらすぞ」

 最後の言葉を言い終わると、一陣の風がおじさんの影をさらっていった。

3/31/2025, 1:07:49 AM