詩歌 凪

Open App

 好きじゃないのに

 スマホを開いてすぐに目に飛び込んでくる、彼の新曲。指が伸びる。指を引っ込める。そんなことを数回繰り返して、結局スマホの電源を落とす。
 馬鹿みたいだ。
 私が好きなのは、彼じゃなくて、その隣にいるひとなのに。そうあるべきなのに。中性的な高い声、笑うと優しく崩れる表情、どんな人も強引に惹かれさせる圧倒的な引力。すべて私が嫌いになったはずのものだ。彼の苦悩は美しく、彼の言葉は凄艶で、誰もが一目で惹きつけられる。
 どれほど努力しても報われないなんて、そんなの悲しすぎるから、私はずっと前になんでも持っている彼を卒業することに決めた。代わりに彼の隣に立つ“彼”を好きになった。“彼”の大きな器は、“彼”の弛まぬ努力は、いつも彼の陰に隠れていたから。好きになった、はずなのだ。その声、その笑顔、その優しさ。私は惹かれていたのだ。
 けれど、どうしても眼裏に残る神の如き残像を振り払うことができないのだ。

3/25/2024, 3:11:41 PM