香草

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「君が見た景色」

墓参りをするとき妻は表情を失う。
まあへらへらと笑っているのも不謹慎だし、さめざめ泣いているのもさすがに感受性強すぎるから真顔なのが一番いいのだと思う。
確かにどんな表情をしていいのか分からない。
妻の家はとても素晴らしいと思う。
立派で定年までしっかり仕事を勤め上げ、一家の大黒柱として生涯をまっとうした父。結婚の挨拶の時もその威厳のせいか僕が泣きたくなるほどだった。
そしておおらかでテキパキと働く母。妻の実家に行くと美味しい料理を出してくれていつも僕の仕事や子供たちを気遣ってくれていた。
両親が亡くなったのはこの冬。
不幸な事故だった。あれだけ立派で優しくて無害な人たちが死んでしまうなんて、なんて理不尽な世界なんだろうと改めて思い知った。

妻の家を高く評価するのは僕の両親がとんでもないクズだったからだろう。
実質離婚しているのと同じようなもんで父母どちらも愛人を作って家には滅多に帰ってこなかった。
グレずに育ったのが奇跡だと思う。
だからこそ妻の実家は温かく素晴らしいと感じたのだ。
「花買ってきた?」
「うん」
妻は盆用の花束を抱えて見せた。
白い菊が太陽に照らされて眩しい。
無機質な墓に色を添えて僕らは手を合わせた。
妻を育てていただきありがとうございます。
改めて幸せにするので見守っていてください。

車に戻ると妻の表情はかなり明るくなっていた。
この後お寿司を食べに行く約束をしているからだろう。
桑田佳祐の歌声に揺られながら妻は晴々として言った。
「初盆終わったねー!やっと解放されたって感じ」
喪に服する期間から解放されたということか。
確かに無意識だけれどなんか鬱々としていた気がする。
「まああとは7回忌とか?」
「そうだねえ。まあしなくていいよ」
「え?そういうわけにはいかないでしょ」
「いい。もうこの家終わらせるから。なんなら墓じまいもそのうちしたい」
あれ?妻は両親と仲が良かったはずなのになんでこんなことを言うのだろう。

そういえば、妻は両親についてあまり語りたがらなかった。
小さい頃の思い出もあまり聞いたことがないし、実家に帰っても僕中心で話が回っていて彼女はあまり喋らなかった。
「私、両親大っ嫌いだったから。やっと解放された」
ご機嫌で桑田佳祐を口ずさむ。
温かく理想的な家庭。
もしかして僕は妻に寄り添えていなかったのではないだろうか。
どれだけ無神経に彼女を傷つけてしまったのだろう。
僕だって両親が嫌いだ。
ただ他の人から見たら、事情を知らない他人から見れば普通の家族だったに違いない。
理想を彼女に押し付けて寄り添おうとしなかった。
「…ちょっといいお寿司に行こうか」
「え?いいの?やったあ!」
妻は少女のように喜んだ。

8/15/2025, 11:28:44 AM