目の前の獣が、大きく腕を振りかぶる。
「危ない!」
攻撃範囲に入っていそうな隣の少年を突き飛ばしつつ、躱す。
間一髪。
もんどりうった僕たちの髪の先を、獣の爪が掠めていった。
「ごめん!突き飛ばして!」
と謝ると、少年は親指を突き立てて、返答する。
よかった、怒ってなさそうだ。
反対側から、仲間が駆けてくるようだ。
僕と少年は体勢を立て直し、獣の方へ向き直る。
反撃開始だ!今日こそは絶対に狩ってやる。
真新しい剣を握りしめて、そう決意した時だった。
どこから、いや、正確には真後ろから、呆れたような、怒気をはらんだ鋭い声が聞こえてきた。
「もう、また帰って来てからゲームに張り付いて…こら!宿題やってからにしなさい!!」
母さんが帰ってきた。
今良いところなのに!
…僕が今やっているのは、国民的ゲーム、ハンターボックス。
AI搭載のNPCや他のプレイヤーと協力して、巨大なモンスターを狩る、クールなゲームだ。
うるさいなあ。せっかくここまで来たんだから、無視して続行する。
すると母さんから二言目が飛んだ。
「アンタ、それを始めたら長いんだから、やめて先にやるべきことをしなさい!…無視するんだったら無理矢理にでも終わらせるよ!」
それは困る!
このゲームはこの時代に信じられないことだが、オートセーブはないのだ。
僕は慌ててポーズボタンを押して、(今のパーティがNPCだけで良かった)母さんに向き直る。
「これだけ!」
「アンタがこれだけって言ってこれだけで済んだことなんてありません!今すぐ辞めないと電源切るよ!」
「やめて!終わらせないで!それだけは!データが消える!」
「じゃあさっさと辞めなさい!」
いくらゲームの中で強くなったところで、母さんには敵わない。
しぶしぶ僕は、メニューボタンを押して、セーブを始めた。
11/28/2024, 10:17:11 PM