月風穂

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【遠くの街へ】

数年前のこと。
早朝耳元で携帯が鳴った。
人は睡眠を阻害されるとストレスを感じるようである。
こんな時間に電話をかけてくるとは不届きな野郎だと、迷惑電話に苛立ちを抱えて画面を見ると父からであった。

私の父方の祖母が亡くなった。
祖母は東北に住んでおり、私の記憶にはほとんど面影を残していない。
私たちは東北へ向かうこととなった。
金がないので新幹線や飛行機は使えず、車で早朝から夜遅くにようやく着く次第であった。
いつぞやぶりに会う親戚たちは、ほぼ初対面も同様であるが、私の巧みなコミュニケーション能力で何とか乗りきることができたのである。
祖母との思い出があまりない私は、少々申し訳ない気持ちとなった。
けれど、最後をおくることに意味があるとすれば、私はこの場にいるだけでも良いのかなと思ってもいるのだ。
祖母がいるから今の私がいるのである。
根本的な存在意義に立ち返った私は居心地の悪さにさよならをし、平静を取り戻した。


こんな何百キロも離れた地でも、数多の人が生活をしている。
現実味がなく、私たちが来たから急遽この世界ができたのではないかとラッセルの世界五分前仮説のような思考を巡らせる。
日頃過ごす街並みと趣の異なる景色は、違和感のある特異感を引き寄せている。
知らず知らず定型化した私の頭の中の街は、その土地特有のルールにより歪な形を見せる現実の街を受け入るのが困難でもある。
2日ほどしかいることはなかったが、まだ見ぬ地に足を踏み入れることの面白さも痛感するのである。

見かけたことのない品物や店。
一風変わった道路や建物たち。
岩を殴り付けるような波と、変わらず生き続ける私。
祖母の死がきっかけではあったが、祖母が存在していたこの土地は、祖母や私の親戚にとって何ものにも代えがたい故郷であるのだ。
次にあの街へ行くのは何時だろうか。
できれば良い報を迎えられれば、また違った喜びの街を望むことができるであろう。
そして私たちは帰路に着き、再び日常を繰り返すのである。

2/28/2024, 1:17:38 PM