リョウくんとケンカした。となりの席の男の子。いつも勝手にわたしのペンケースからペンを抜き取ったり、教科書に変な絵を落書きしてくる。今日も勝手にわたしのペンを使おうとしている。やめてよ、と言っても聞いてくれたことはない。でも、何も言わないでいても変わらないのでせいいっぱい声をはり上げてやめてよ、と言った。リョウくんは「うるせーな」と言っただけでにやにやしている。毎日毎日こんなふうにいじわるされて、もうガマンできなかった。だからリョウくんに向かって思いきり消しゴムを投げた。リョウくんはもう笑うのをやめてびっくりした顔を見せた。その後、何も言わずに盗もうとしたわたしのペンを机の上においてきた。
その日からもう、リョウくんはわたしにいじわるしてくることはなかった。
昨日で学校は終わり。今日から夏休み。友達といっしょに自由研究をやろうね、と約束した。だから、学校は休みでも今日も明日も明後日も会うことになっている。でもリョウくんとは会わない。友達じゃないから。なのに、家を出たすぐのところにリョウくんが寄りかかっていた。わたしと目が合うとこっちにやって来る。
「ん」
にぎった手をわたしに向かってつき出してきた。なんだろう。よく分かんなくてぼーっとしてたら、手を出せ、と言われた。わたしの手のひらに何かが乗せられた。それは消しゴムだった。
「……なに、これ」
「おまえがこないだオレに投げてきた時にわれただろ。新しいの、買ってきた」
リョウくんはこまったような顔をしていた。こんな顔を見たことがなかった。いつもわたしには、ふざけていじわるな笑いばっかりしてくるのに。
「ありがとう」
もらっていいみたいなので、その消しゴムを受けとった。われちゃった時はたしかに凹んだけど、そこまでショックではなかった。それよりも、リョウくんがこのために家の前まで来てくれたことにびっくりしている。
「あのさ、」
まだ、何かわたしに用事があるみたいで。さっきから口をもごもごさせている。今日のリョウくんはなんか、変だ。いつものえらそうなふんいきが全然見えない。
「今日の夕方お祭りあるの、知ってるか」
「お祭り?知らない」
「それに、行こうぜ」
「え?」
何を言われてるんだかすぐに分からなかった。もう1回言って。そう言おうとしたのにリョウくんはぷいっと向こうを向いている。耳しか見えなくて、その耳は赤くなっていた。お祭りに、行こうって。わたしに言ったんだよね、今。
「いいよ」
答えたら、リョウくんはもう一度こっちを見た。やっぱり耳だけじゃなくて顔ごとゆでダコみたいに真っ赤だった。
「消しゴムなげてごめんね」
わたしがあやまると、リョウくんは別に、と言って、そしてまた顔を向こうに向けてしまった。でも別におこってないことは分かってる。じゃなきゃわたしをお祭りになんてさそってこない。
楽しみだな、お祭り。リョウくんと行くお祭り、楽しみ。
7/29/2023, 5:42:23 AM