よらもあ

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黄道十二宮のうち1番目、白羊宮の主人であるのは金毛の羊であった。
子ども2人がゆうに乗れる巨体をふわふわと揺らしながら星の草原を歩いていく。
きらきらと瞬く美味しそうな星の芽草たちについ気を取られてしまいながらも、金毛の羊は目的地へと進んでいく。

今の白羊宮は賑やかだ。
太陽も水星も金星も白羊宮に滞在しており、更には新月の時期が近づいているのだ。このたびの新月は吉兆だと云われているのもあるが、忙しい惑星たちをもてなしてやりたい金毛の羊も自然と大忙しだ。これ幸いにと自分も飲めや歌えやと騒ぎ立てたいだけかと言われれば否定するつもりも金毛の羊にはないが。

星の草原をだいぶ進んだあたり、遠目に見えてきたのは山盛りの荷物を抱えた男だった。端正な顔立ちの男は星の草原を遠く広く眺めているようだった。
そちらに向かってつい駆け出した金毛の羊に、男の方も直ぐに気が付いた。手を振り上げて歓迎してくれている。手を振り上げた拍子に、男の外套がはたはたと風に揺れていた。星々にきらきらと反射する金毛の眩さに誰もかれも気が付かないはずはないと意気揚々と男に近付く金毛の羊は、ふんふんと鼻を鳴らしながら駆けたそのままの勢いで男の胸に飛び込んだ。
どん、という大きく鈍い音が響いて、衝突の振動で星が揺れる。しかし金毛の羊はふんふんと鼻を鳴らしたまま男の胸元にその顔を擦り寄せた。男の方もまた快活に笑いながら金毛の羊を受け止めて、そのご自慢の金毛をふわふわと撫でてやっている。無骨な男の手であるのに繊細で優しいその撫で方が、金毛の羊は好きだった。
惜しむように男から離れてから、金毛の羊は山盛りの荷物に視線を移した。めぇ、めぇ、と確認するように何度も鳴く。

「頼まれた物は持ってきたさ、アリエス。宴用の肉もあるし、君や羊たち用の新鮮な穀物や野菜もある」
めぇ、めぇ、と更に鳴く金毛の羊に、男はにこにこと人の良い笑みを崩さずに応えてやる。
「人馬宮にはだいたいあるからな、お安い御用だ。肉はわたしが狩ったやつだぞ」
男が金毛の羊の言葉を解するのは、男もまた獣であるからだ。
男は人馬宮の主人であり、いて座のその人であった。半人半馬と金毛の羊は獣象で重なっているためか他のしし座やおうし座、さそり座などとも言葉を交わすことが可能であった。器用に人も獣もやってのける男は、金毛の羊だけでなくほかの星座たちにとってもたいへんありがたい便利屋みたいなものだ。
星の草原が広がる白羊宮には羊肉はそこらに溢れるほどいるにはいるが、金毛の羊も身内をできるだけ捌きたくはない。それに羊肉というよりかは羊毛としてその豊かな毛を持つ羊たちを集わせているのだから尚更だ。それに比べて人馬宮には星の狩場が広がっているせいか、山や森の敷地が広がり、側にある天の川のおかげか獲物はふくふくと肥えている。本業、狩人というだけでなくその馬の身体のおかげでひとっ走りであちこちへと跳んでいけるいて座に頼らない手はなかったのだ。
めぇ、とそこで金毛の羊はようやく気が付いて首を僅かに傾げた。
いて座だ。半人半馬の男はただの二本足で立っているではないか。しかも人間の足だ。そういえばいつもより背が低い。
確かにいて座という男は色んな姿形をとることがあるのは金毛の羊も知っていた。獣象というだけでなく、火のエレメントでも共通するからか会う機会は度々ある。その時もその日の気分だったからと犬の頭に背中に翼を生やして登場した時もあれば、蠍の頭に山羊の下半身をしていながら蠍の尾をくっつけて登場した時などはやぎ座とさそり座からだいぶ白い目で見られていた時もあった。
金毛の羊はそんないて座が面白くていつもどんな姿で登場するのかと楽しみにしていたものだ。
ただ今回ばかりは荷物もあれば距離もある。見慣れた半人半馬の姿で現れるかと思っていたから、ただの男の姿であることに今さらながら金毛の羊は疑問を抱いたのだ。
めえ、と金毛の羊は鳴く。すると目の前の男はふと笑みを隠して、

「なんでって言われてもな。人間の背丈の方が妻にキスがしやすいんだよ」

と、答えた。
当然のように、何故尋ねるのかと不思議そうに男の眉が寄ったが、それも直ぐに口元が緩んで笑みに変わる。
「まあ、彼女は人間の姿よりかはもっと色々奇抜な方が好きらしいんだがなぁ。それでもいいのはいいんだが、やっぱり丁度いいのがこの姿なんだよ」
ふにゃふにゃとしまりのない男の顔に、金毛の羊は無意識に大きめの息を吐いた。そしてまた一言、めえ、と鳴く。
「羊毛そんなにくれるのか?ありがとう、彼女も喜ぶよ!」
そういえばいつか男が言っていたが、男の羽織っている外套は男の妻がせっせと繕ってくれたものだそうだ。星座にあげられた男が最初に貰ったプレゼントだそうで、「医療関係者だから包帯の扱いが上手いんだが、外科的技術もあるから糸の扱いも上手いんだよ」と惚気ていたのを思い出した。一緒に聞いていたおとめ座が女性への褒め方がおかしいと指摘していたから、それが本当に惚気として正しい言葉なのかは金毛の羊には判断がつかなかったが。

それでも金毛の羊が男の目を見つめると、何故だか自分も幸せな気分になれた。
そうだ、ただの羊毛だけでなく、自分のこの金毛もほんの少しだけプレゼントしてみようかと金毛の羊も大きく口元を緩めた。





“君の目を見つめると”

4/6/2024, 3:12:06 PM