「なあ、今週のプルス読んだか?」
切り出したのは、いつものように俺の部屋に上がり込んでロング缶を引っかけ始めたスグルだ。
「え? 一通り読んだけど、なんの話?」
無造作に床に置いてあった週刊少年プルスを手に取り、手渡すと、パラパラとめくり始めた。
「ここ、新人賞のページ、麦飯ねこ、佳作取ってる」
そんなアマチュア漫画家のペンネームを言われても知らないけど。そう思いつつ、スグルが次に何を言い出すのかを想像して心臓がキュッと締まる。
「これ、砂川ミネコだよ」
透明な水の入ったグラスに、真っ黒いインクが一滴落ちた。
「うそ」
反射的に出たその言葉に、意味なんてなかった。砂川ミネコ、専門学校の大教室、教壇から見て前から2列目、入り口側から見て一番奥、デカい丸メガネでじっと講師を見ていた目立たない女性。
「なんで、あいつが?」
揺れる。黒いインクは病巣が巣食うように無数の黒い枝を伸ばし、透明な水を染めていく。
専門にいたときは何ひとつ目立った結果を出してなかっただろ? 課題だって印象に残ってないし、評価だって高くなかった。なんで、俺より先にあいつが?
プルスのページをじっと見つめる。絵のタッチは好みじゃない。全然上手いとも思わない。こんなのが。俺より。選考員の講評が書かれている。
【絵は荒削りで、掲載レベルには達していませんが、テーマに強い意志を感じました。これが描きたいという熱意が伝わってくる力作でした。】
「なに? 嫉妬してんの?」
こいつ俺の反応見て嗤いに来たのか。嫉妬? そうか、嫉妬してるのか。
黒いインクはグラスの外側を覆うように拡がり、たった一滴で液体を満たした。
「そうみたいだな。ものすごく気分が悪い」
俺がそう言うと、スグルは本当に嗤い始めた。
「にゃはは、うん。それでいいんじゃない。俺も、すごくムカついてる」
なんだよそれ、だったらこんなとこで傷を舐め合ってる場合じゃないだろ。
深夜、スグルは酔っ払ってそのまま寝てしまったようだ。私はスグルの睡眠を気にするつもりもなく、いつものようにラジオを点けた。
『えー次は、ラジオネーム《オーボエの遠吠え》』
黒く濁った液体に、白いインクが大量に流れ込む。グラスの中は白く見える。
脳に浮遊感を覚えながら、俺は虚ろな眠りへと落ちていった。
「こいつはまだずいぶんかかりそうだな」
夢の中で、スグルの声が聞こえたような気がした。
12/3/2024, 4:18:05 AM