「明日、校長先生が私たちに直接会って話をしてくれるって!」親友と私は驚きで興奮していた。まさか本当に時間をとってもらえるとは思っていなかったから。本当の話をちゃんと聞かせてもらえると思うと、期待と緊張感で2人とも頬が紅潮している。
つい先日、私たちが尊敬し慕っている先生方が数人突然学校を辞めることになったと発表があったのだ。とても親身な指導をして下さる、大好きな先生ばかり。訳を聞いても、辞めることは本意ではなく校長の意向であること、責任を持って私たちへの指導を続けたかったこと、それくらいしか話せないようだった。
私と親友は、このまま何もできずうやむやの状態で先生方が学校を離れてしまうことを受け入れたくなかった。決定を覆してほしいくらいだが、それが難しいのならせめて納得のいく説明を受けたい。そう思ってダメ元で校長先生に説明の機会を作って欲しいと訴えていたのだ。
それが、明日の始業前に実現することになった。
私たちは、感情的にならずに、礼儀正しく話そうと決めていた。子どもっぽい振る舞いでは話し相手と認めてもらえないと思ったから。
来賓も訪れる校長室は立派な設えで、初めて招き入れられた私たちは上品な調度を見ただけで身体が固くなってしまった。でも、校長はとても打ち解けた雰囲気の笑顔で迎えてくれ、お茶菓子まで用意してくれていた。
今朝はとても寒いこと、普段より早く登校するのは大変だったろうこと、部活の話、日常生活の話…温和な口調で滑らかに次々と話題を繋げられているうちに、むずむずと、違う こんな話をしたいのじゃない、という思いが募ってくる。そろそろ本題に入るのだろうという思いが、何度も逸らされていく。もうすぐ始業時間がくる。
「あの!先生方がお辞めになるというお話ですが!」思い切って切り出す。ああ、その話は僕も残念に思っているんだ、優秀な方ばかりで、失うのは大きな損失だからね、でも我々もよく話し合った結果だから、残念がってばかりもいられなくてね、大丈夫だよ君たちの教育に支障が出るようなことにはしないよう精一杯やるから安心していなさい、、、、もうこんな時間か、朝礼が始まるねほら教室に戻りなさい、君たちと話せて良かったよ、君たちにはとても期待しているよ、またいつでも校長室にいらっしゃい…。
気づけば「貴重なお時間をいただきありがとうございました」などと呆けたことを行儀良くお辞儀しながら口にし、部屋を後にしていた。
ダマサレタンダ、初めから私たちに本気で説明する気などなかったんだ、機会をつくってもらえただけですっかり信用し切って…ガチガチに緊張していた私たちをうまく煙にまくことなど何でも無いんだ…悔しいくやしい…涙が出た。
校長への信頼や尊敬の念はすっかり失って、世の中にはこういう話術や手管に長けた人物がいるということを心に刻んだ。
疑い深くなった。笑顔で饒舌な人物を警戒するようになった。
大事な教育をしてもらったとも言えるが、ざらりとした感触の 苦い経験…。
「天気の話なんてどうだっていいんだ。」
#121
5/31/2023, 10:56:37 AM