初音くろ

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今日のテーマ
《日差し》





外に出た瞬間、燦々と照りつける日差しの強さに一瞬くらりとした。
熱せられた空気は暑いというより熱い。
これでまだ夏本番じゃないというのだから先が思いやられる。
しっかり日傘でガードしつつ、なるべく日陰を選んで歩く。
隣を歩く彼がちょうど良い日除けになってくれていた。

子供の頃は暑いといってもこれほどじゃなかった気がする。
両親の話によると、昔は夏でも熱帯夜じゃない日も少なくなかったのだという。わたしもそんな時代に生まれたかった。

暑いし、汗でベタベタするし、熱中症にも気をつけなきゃならないけど、それでも実を言えば夏は嫌いじゃない。
暑い中で食べるアイスやかき氷は最高だし、花火大会やお祭りなどの行事にも事欠かないし。

暑さで半ばぼんやりしながら歩いて小学校の脇に差しかかったところで、ふと独特の匂いが鼻を突いた。
プールの塩素の匂いだ。
防犯の観点から通りからは見えないようになっているようだけど、耳を澄ませば子供達の歓声や水の音が微かに聞こえる。
そうだ、夏の醍醐味といえばプールや海も上げられるだろう。

「海もプールも、もうずいぶん行ってないなあ」
「急にどうした?」
「水泳の授業やってるみたい。プールの匂い、しない?」
「ああ、ほんとだ。気にしてなかった」

わたしの指摘で初めて気づいたというように鼻をひくつかせて、納得したように相好を崩す。
その横顔を見上げながら、わたしは懐かしい思い出を振り返る。

子供の頃は朝から夕方までプールで遊んだっけ。
彼とわたしは幼馴染みでもあって、小学校の頃はしょっちゅう一緒に近所の市民プールへ遊びに行っていた。
ぬるいシャワーを浴びて合流し、準備体操を済ませて疲れるまで泳ぐ。
売店でかき氷やフランクフルトを半分こしたり、お昼は焼そばを食べるのが定番だった。
午前中だけプールに行って一緒に家でお昼を食べたこともあったし、逆に午前中は宿題を頑張って、お昼を食べてから待ち合わせて午後いっぱい遊んだこともあったなあ。

脳裏に蘇るのは、日差しを受けてキラキラしていた水飛沫。
そしてその水飛沫の真ん中で眩しい笑顔を向けてくれた彼。
それはもうすっかり遠い日となった、懐かしくも楽しい思い出の数々。

小さい頃も、今も、思い出の中ではいつも彼が隣で笑ってる。
子供の頃から背が高かった彼と、子供の頃からチビだったわたし。
見上げた彼の後ろからはいつも日差しが降り注いでキラキラして見えてた。
今思えば、きっとその頃からわたしは彼のことが好きだったんだろう。

恋を自覚してから、一番身近だった男の子が、何だか急に格好良く見えてしまうようになって困る。
こめかみを伝う汗の一滴まで輝いて見えるのだから末期症状だ。
チラリと盗み見るだけで鼓動がどんどん速くなる。

告白したら今まで通りでいられないかもしれない。
だけど、そんな不安よりも、彼の隣で友達のふりを続けることの方がつらい。
大丈夫、彼は真剣な気持ちをぶつけた相手を揶揄するような人じゃない。

「あの……あのね――」

わたしはこの日、玉砕覚悟で彼に告白した。
向日葵が太陽に向かって咲くように、わたしも彼だけに向けて咲いていけますようにという願いを胸に。
そうして今年の夏、わたし達は幼馴染みを卒業して、わたしは夏の日差しを思わせる彼の鮮やかな笑顔を独占する権利を手に入れたのだった。





7/3/2023, 9:44:51 AM