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「あ、佐藤くん、今帰り?」
 誰も居ない放課後の教室。夕日が斜めに差し込んでいる。
 そこで委員会を終え帰り支度をする僕に、話しかけてきた存在があった。
 戸口を見ると、クラスで—–いや、学年で一番人気の池上さんがそこに居た。
 今帰り? と声をかけられたが、僕は「え? 今の、僕に言った?」と軽くパニックになっていて、何の返事もできなかった。
 ……こういうところが、コミュ障陰キャなんだよなぁ……。
 何も言えない僕を気にせず、池上さんは自分の机の中からペンケースを取り出している。

 ああ、どうしよう。彼女に伝えるなら今しかないんじゃないか? でも伝えても気持ち悪がられるだけかもしれない。でも……。

 僕がそんな風に迷っているうちに、彼女は「それじゃ、また明日!」と明るく笑って教室を出ようとしている。

 いや! 迷ってる場合か! 今だ! 今しかないんだ!

 僕は自分を鼓舞しながら、精一杯の勇気を振り絞って池上さんを呼び止めた。
 何? と振り向いた彼女に、僕は小さく深呼吸をしてから、出来るだけ静かな声で言った。

「スカートのファスナー、開いてるよ」

 僕の言葉に、池上さんは自分のスカートを確認した後、「ああぁぁぁ!」と叫んで蹲ってしまった。
 良かった。伝えることが出来た。
 僕が気付いたのは昼休みだったけど、きっと誰かが教えるか、自分で気付くだろうと思っていたのだ。
 うん。良い事をした。
 彼女の僕に対する印象はきっと、『他人のスカートをじろじろ見るキモオタ』になっただろうけど。

「……じゃあ池上さん、また明日」
 蹲ったままの池上さんにそう言い、僕は教室を出た。
 明日からは、スカートをじろじろ見る変態キモオタとして生きていこう。
 そんな風に考え、思わず力無く笑う僕の背後から、とても小さな声で「教えてくれて、ありがと」ときこえた。


  お題『さよならを言う前に』

8/20/2024, 4:24:43 PM