護たかこ

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早朝4時、自宅に上がりそっと寝室に入る。

3日前のこの場所で、薄明かりの中、首から下を傷だらけにした夫が座り込んでいた。

「ごめん、うまくやれると思ったのに…出来なかった」
不倫相手を殺してきたのだ─

夫から呼び起こされたばかりでまだ頭がボーっとしていた。が、夢ではない…夢ならまだ良かったのに、これは現実なんだ。身体が震えていたからだ。

「ロープで絞め殺して、ロープを焼いて消したらバレないと思ったんだ、けど、物凄い抵抗されて…こんなになると思わなくて…」
首には無数の抵抗傷が付いていた。
爪が深く入ったのか血の滴っている部分まである。

「ここに来るまでに車でトラックにでも突っ込んで死のうかと思った…でも出来なかった」
手には凶行に使われたのだろう、ロープが握られていた。

「行こう…私も行くから、自首しよう、一緒に自首しよう」

微かに震える手で運転しながら
「待つから…いつまでも待つから」
と俯く夫にそんな話をし続けていたと思う。

警察署で私は事情聴取を受けることになっても2、3時間で帰されるだろうと思っていた。
けれど実際には日が暮れるまで終わらなかったし、帰るときも近くに住む兄が呼ばれ
「絶対に1人にしないで下さい、ハッキリとは言えませんが…少ないケースではないので」
と兄は念を押された。

兄を呼ぶときも
「まだ事件と断定されていないので、理由は決して言わずに迎えに来てもらうように」
と言われた。

けれど兄は事情を察して来たのだろう。
「ごめんなさい、こんなことになってしまって」
と言うと

「きっちり、別れろよ」
とだけ言われた。

それから家にはマスコミが押し寄せる可能性があるので、暫く寄り付かないほうがいいとこれも警察から助言があったので3日程家に戻れなかったのだ。

私達夫婦の間には子供がいない。
だが、望んで出来なかったのではない。
子供を望まない夫の意思で作らなかったのだ。
不倫していたのは知っていた。
あんな甲斐性なし、欲しければくれてやったのに。

不倫相手は絶対に産むとゴネたのだろう、だからって殺さなくても良かった…いや殺さないで欲しかった。
私までこんな目に遭うんだから。

あの時
「一緒に死のう」
と言われていたら、今頃どうなっただろうか。

勿論、死ぬ気なんかないし
「むり」
と断っても手にしていたロープで今度は私が殺されていたかも知れない。

これから裁判が始まれば証人として呼ばれるのか…結局マスコミからは逃げられないかもしれないが、乗り越えて行くしかない。

「相手の方の存在は気づいていました…」
「けど…、お腹に子供が…?」
「彼とは離婚しました。不倫は勿論ショックでしたが…私達がこのまま婚姻関係を続けることは…」
と言葉を詰まらせながら涙ながらに語ろうか。

大丈夫、最悪の局面はもう逃れたのだから。


お題 「最悪」

6/6/2024, 11:44:49 AM