フィロ

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その店は、人々が行き交う賑やかな通りからすこし離れた場所にあった

その店を紹介してくれた友達は「すぐに分かるから」と、地図も描いてはくれなかっが、方向音痴の私は案の定迷ってしまった

と言うのも、扱っている品物から想像するイメージとは違い、いたって普通のオフィスだったからだ
あえて、人の気を惹かないようにという意図なのだろうか


店に入ると、様々な大きさの、色々な種類のリュックサックが所狭しと並べられていて、そこには優しい文字で
「貴方に相応しい重さと形をお選びください」
「お試しになりたい方は店主まで」
と書かれた札が下がっていた

いかにもこれから山へ昇ります、という感じのリュックから、サッと肩にかけてお洒落の脇役に、というファッショナブルなものまで、客のニーズには全て応えてくれそうな品揃えに、わざわざ来た甲斐があったと安堵したが、そもそも私はこの店の商品が一体どんな物なのかを理解していなかった



私には、忘れたくても『忘れられない、思い出』があった
ずっと、ずっと、心に抱えて、これまで何とか生きてきたけれど、最近ではそのことに心を囚われている自分に嫌気がさし、何とかその思いを手放せないものかとその友達に相談したのだ

すると、その友達は
「誰にでも勧めるわけではないんだけどね
君がずっと辛そうだったことは知っているからね
きっと何かの力になると思うから、この店を訪ねてごらんよ」
と教えてくれたのだ


一応目についたリュックを手に取ってみたけれど、選び方も分からなかったので早速店主に相談した
初めてであること、友達の紹介であること、を告げた

すると店主はゆっくりと頷いて、説明を始めた


「この店のリュックサックは、あなたがこれまで背負ってきた人生そのものなんですよ
悲しさや辛さや憎しみや、手放したくても心に棲みついてなかなか離れていこうとしなかった重しの数々…」
「これだ、と思う物を試しに背負ってごらんなさい
もしそれが、あなたの物であればすぐにピン!と分かるはずです
もし、背負っても何も感じなければ、ピン!と来るまで試してみてください」

店主の話はまるでおとぎ話のようで馬鹿馬鹿しくも思ったが、その目は人を騙しているようには感じられなかったので大人しく従うことにした

いくつか手に取ってみたが、4つ目を手にした瞬間、手に電気のようなものが走った
静電気かと思ったが、背負ってみてそれがそうでは無かったことが分かった
そう!これが、「私のリュックサック」だったのだ
背負った途端、私は思わずしゃがみ込み、大声を上げて泣きじゃくってしまっていた

何が起こったのか、何故泣いているのかは全く分からなかったが、その自分を俯瞰して見ている自分の存在にも気がついていた


ひとしきり泣いた後、ふと気がつくと、さっきまで背負っていたリュックの重みが全く感じられない
背負うのに苦労するほどの重みだったのに、だ

思わず振り返ってリュックを探ろうとすると店主が近付いて来た


「それがあなたの荷物だったようですね
とうですか、少し軽くなったでしょう?

1度の来店ですつかり手放せる人もいますが、皆さん何回かはお越しになりますよ
あなたの様に涙を流す人、そのままリュックを背負って山登りに行かれる人、リュックを日常使い続ける人…
そのリュックとの向き合い方も皆さんそれぞれですよ」
「どんな人にだって、忘れられない思い出はあるものです
楽しいものや幸せなものならそのまま大切に持っていたらいいが、ご自分を苦しめる思い出は手放してしまった方がいい」


私もこれですべてが解決するとは思っていない
でも、これまで私を苦しめていた
「忘れられない思い出」
を少しは手放していかれそうな気がしている


忘れられない思い出、をめぐる不思議な体験だ

5/9/2024, 12:11:42 PM