K作

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題 春爛漫

ヤァ、グーテンアーベント⋯⋯。 今夜は寒いな、こちらにおいで、さっき火を炊いたばかりだから、魚の下処理を手伝ってくれ。⋯⋯ ヒトに会うのは久しぶりだ。⋯⋯ 君は、どこから来たんだい⋯⋯ ホォ、フランセーズ⋯⋯ フランクライヒか⋯⋯。 あそこは、遺物が多く残っているから、楽しかっただろう。⋯⋯ 俺は、エッフエル塔が好きだったな⋯⋯ 高い塔があっただろう、⋯⋯ 名前を知らなかったのか、馬鹿め、本を読め。遺物が多いところには、図書館という、本が多く保存されていた場所があるんだ。運が良ければ、まだ読める本が見つかる。俺は今まで、様々な場所を旅して、いくつか図書館を見つけたが、⋯⋯ それでも、世界が滅亡した理由だけは見つけられなかったな。
⋯⋯ 俺か、俺は、生まれた時から親父と歩き回ってたから、故郷はない。けど、親父はドイチュラントの辺りの人だと話してたから、俺にもその血が流れてるはずだ。
君はこれからどこへ⋯⋯ 東か。⋯⋯ 俺は、もう旅は辞めることにしたんだ。ここから西に行ったところに、小さな集落ができているらしい。そこに定住しようと思う。⋯⋯ 何故って、滅亡の秘密を知ったからさ、どうりで、図書館では見つけられないはずだと思ったよ。
⋯⋯ 知りたいのか。いいのか、お前の旅の目的を奪うことになるぞ。⋯⋯ そうか、分かった。
俺は、47回太陽を巻き戻した日、大陸の東の果てにたどり着いた。その地の名はシナと言った。とても美しいところだった⋯⋯。 崩壊した朱い建築には、覆い被さるように大量のアサガオと言う青や、紫の花が伝い、川にはとめどなくスイレンという宝石のような花が流れ、そして至るところにサクラやウメ、モモというピンクや赤の花の木が咲き乱れていた。そして、その地をさらに美しくしていたのは、花の間を舞う、たくさんの可憐なる小さな生き物だった。ホヮーポーという、リンゴほどの高さの、玉のように可愛らしい人の形をした精霊だった。
⋯⋯ 俺は、今まで生きてきた理由を知った。この地を見つけるために、生きてきたのだと、本気で思った。それほどに神秘的なところだった。この荒廃した世界で、唯一生き残った地だと思った。
奥地まで進んで行くと、一層花の甘い香りが強くなった。それを辿って行くと、おそらく城跡であろうところに、ひとりの翁が佇んでいた。首からロウバイという黄色い花の木を生やした、枯れ木のような翁だった。あの甘い匂いは、翁のロウバイから香っていた。
⋯⋯ 翁はいろいろな話を聞かしてくれた。その地の名がシナということや、目に映る花々の名前や、小さな可愛らしい精霊の名を教えてくれたのも、その翁だった。そして、世界滅亡の背景も、枯れ木に花を咲かせたような顔で語ってくれた⋯⋯。
翁の話によれば、シナはかつてより花の絶えない美しい国だったと言う。シナの人々はカジン(華人)と呼ばれ、カジンは、かつて天界を追放された百花仙子(ひゃっかせんし)という花神と99人の花の精の子孫であるとされ、男も女も、シダレザクラのようにしっとりと美しい者ばかりであったそうだ。極東の浄土と呼ばれることもあったらしい。
⋯⋯ シナは暴力を持たぬ国だった。ただただ花を愛し、水を恵み、国を愛するだけだった。⋯⋯ “シナを手折ること勿れ”。シナを攻めてはいけないという戒めの言葉だ。彼ノ国は花神・百花仙子の恩恵を受けているため、土地や民に害をなせば、花神の天罰が下ると言われていた。そのためシナでは、たとえ国民であろうと、花の木を手折るのは重罪だったそうだ。
例えば桜の枝を手折ってみれば、枝はどこまでも伸び、罪人を追いかけて、最後には絞首にかけて桜の枝に括られる。カジン達はそれすらも風流とみなし、花見改め首見(シュミ)をして酒を飲み団子をかじり、歌を歌って宴をしたそうだ。花見は一年中できるが首見はそうできるものでは無い、と翁が嬉しそうに話していた。⋯⋯ 彼らは神の子だから、人とは少しズレているのだろう。
他にもカジンを殺した者は、カジンから溢れ出す花がくっついて離れず、耳の穴や鼻の穴に入り込んで、窒息して死ぬ。これをテンニョサンカ(天女散華)というらしい。それだけ聞くと汚らしく思うだろうが、その実情は、ヒトから花が生えているように見え、風流だそうだ。
だからシナを攻めてはならない⋯⋯。
しかし⋯⋯ しかし遠い西の帝国・ドゥーグゥオは、そのことを知ってか知らずか、花の国を手に入れるため攻めてきた。極東には花の絶えぬ炯々(けいけい)たる国があると聞いて、その生命の神秘を求めたからだ。
ドゥーグゥオだけでは無い、他の多くの国がシナを欲していた。だが周辺国は花神の天罰を知っているので、花園を汚すことはしなかった。
ドゥーグゥオの初攻めは天女散華や花神の天罰により撃退された。それでも多大な被害が出たが⋯⋯。 侵攻に失敗したと知らせを受けたドゥーグゥオの王は怒り、次は火攻めを命令した。これにはシナは太刀打ちできなかった。国中が炎に包まれ、民は黒焦げ、植物は塵と化した。
百花仙子は悲しみに染まりながらも、敵の大将に直談判に行った、「どうかやめてください」と、その人とは思えぬ麗しい顔を涙に濡らして。しかし大将は花神の言葉には耳も貸さず、シナの神が自ら殺されに来たとして、花神の首をはねた。
花神はこの世のものとは思えないほどの美しい花を吹き出しながら地に手折れた。それは留まることを知らず、花は吹き出し続け、世界中の罪人に天罰を下した。生き残ったのは、ドゥーグゥオの兵士から生き逃れた少数のカジンと、罪を犯したことの無い世界中の小さな子供だけだった。
記録が残らないはずだ。一瞬にして世界中に春が訪れ、花が咲いたのだから。
花神を亡くしたカジン達は長い時間の中で少しずつ元気をなくし、枯れていったそうだ。翁自身も、もうじき手折れると語った。
⋯⋯ この話を聞き終わったとき、やはり俺は、この地を見つけるために、生きてきたのだと思った。俺の血が言った、極東の浄土の神に、罰を与えてもらえと⋯⋯。
俺は、翁のロウバイを、彼の首ごとサバイバルナイフで掻っ切った。薄い皮とボロボロの骨だけだから、桜を手折るよりも楽だった。吹き出た黄色い花弁は、甘い香りを漂わせながら、俺の周りを2、3回廻ってヒラと落ちた。花神がもういないからか、罪から解放されているからなのか、翁は俺に罰を与えてはくれなかった。
⋯⋯ 俺は旅の目的を失った。だから、これからは百姓でもしてのんびり生きるさ。
⋯⋯ 嘘だと思うか?⋯⋯ そうか、自分の目で確かめるのも悪くない、あそこはまさしく桃源郷だ。翁の話じゃあ、海の向こうにはワという国があるらしい、⋯⋯ 信じられないだろ、水平線の向こうにも土があるなんて⋯⋯。 マ、海を越える物も、目印も、何も無いが⋯⋯。
⋯⋯ そうか、フィールグリュック⋯⋯。




設定の時に書いたメモ(読まなくていい)

シナ(幻想国家・中国)という花の絶えない美しい国。その国の人々はカジン(華人)と呼ばれる。カジンは、かつて天界を追放された百花仙子と99人の花の精の子孫であるとされ、男も女も、花のようにしっとりと美しい者ばかりである。まさに極東の花園。
シナを手折ること勿れ。シナを攻めてはいけないという戒めの言葉である。彼ノ国は花神・百花仙子の恩恵を受けているため、土地や人民に害をなさば花神の天誅が下ると言われている。そのためシナでは、たとえ国民であろうと、花の木を手折るのは重罪である。
桜の枝を手折ってみれば、枝は伸び、罪人をどこまでも追いかけて、最後には絞首にかけて桜に括られる。カジン達はそれすらも風流とみなし、花見改め首見(シュミ)をして酒を飲み団子をかじる。花見は一年中できるが首見はそうできるものでは無いので。彼らは神の子なので人とは少しズレているのである。
カジンを殺した者は、カジンから溢れ出す花がくっついて離れず、窒息して死ぬ。これを天女散華という。
だからシナを攻めてはならぬ。
しかし西の帝国・ドゥーグゥオ(德国、ドイツ)は、そのことを知ってか知らずか、花の国を手に入れるため攻めてきた。極東には花の絶えぬ炯々たる国があると聞いて、その生命の神秘を求めたからである。
ドゥーグゥオだけでは無い、他の多くの国がシナを欲した。だが周辺国は花神の天誅を知っているので、花園を汚すことはしなかった。





4/11/2023, 1:13:07 PM