なこさか

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 激昂


 ミルは、ここにいる暗殺者の中では能力はずば抜けて高いけど、性格は暗殺者にはそぐわないほど極めて優しい。育て親がヴァシリー幹部と知った時はすごく驚いた。
 あの人はかなりの気分屋で、自分の享楽の為なら残酷な手も厭わないから。

 (……神様を信じる騎士としては、考えられない性格をしていると思う。でも、それはきっと俺たちもそう。神様に背く……この教団に逆らう人たちはみんな、この手で殺してきたから)

 それはきっと、とても恐ろしいことだと思う。道徳に反することをしている。

 「……俺たちがしていることは、本当に正しいことなのかな……」

 「スピカ〜」

 「!」

 振り返ると、いつの間にかミルが背後にいた。俺の反応が予想外だったのかミルは不思議そうに首を傾げている。

 「どうしたの?そんなに驚いた顔して。これから任務でしょ?」

 「……あ、えと……そうだね。ごめん」

 「??調子悪い?」

 「ううん。そんなことない」

 「そう?なら、行こっか」

 俺とミルがこれから向かうのは潜入任務。教会と懇意にしている貴族の一人が最近動きが怪しいから、それを調べる為に向かう。数時間前、俺たちを召集したヴァシリー幹部はこう言った。

 「お前たちは暗殺者としては優秀だ。故に上からこの任務が任されたのだろう。だが、気を抜くな。暗殺者はそれが命取りとなるのだからな」

 ヴァシリー幹部は気分屋だけど、面倒見が良いから周りの騎士たちからは慕われてる。でも、容赦なく斬り捨てたりもするから恐れられている所もあるけど。
 ……でも、幹部の仰ることは正しい。俺たちの任務はあくまでも潜入。なるだけ交戦を避けないといけなかった。

 「……屋敷の主の部屋はこの奥だね」

 屋敷の裏手にある地下倉庫の入り口から侵入し、そこから廊下を歩く。しばらく歩いてから近くの部屋で天井裏に潜り込み、今歩いている廊下の奥にある屋敷の主の部屋の天井裏に向かう。
 そこで屋敷の主が、本当に教団に反旗を翻すつもりでいるのか情報を掴む。先頭を歩く俺の後にミルが続く。

 (今のところは大丈夫。このまま、天井裏に行こう)

 でも、その時だった。

 「!何だ、お前たちは!」

 運悪く、近くの部屋から出てきたこの屋敷の騎士と遭遇した。俺は即座にその騎士の喉元を掻き切る。騎士は呻き声一つあげることもなく、その場に倒れて絶命したけど……。

 「……ごめん、ミル。撤退しよう」

 「大丈夫だよ、行こう」

 俺たちは急いで元来た道を引き返す。でも、裏手に回ったところで、敵の勢力に囲まれていた。その数は十人くらいだった。

 「!」

 俺とミルは短剣を構え、臨戦態勢に入る。そのうちの一人が剣を持って俺に斬りかかるけど、短剣で受け止めてその横腹を思い切り蹴り飛ばす。
 ミルは敵の懐に潜り込んでは容赦なく胸や首に短剣を突き立てて、相手の命を奪っていく。

 「はぁっ!」

 相手の振るう剣が的確にミルの胸を貫こうと差し出されるが、ミルは上体を捻って舞うように躱すと、次にはその短剣が相手の首を掻き切っていた。

 「なんだ、あの娘は……!」

 「動きが桁違いだぞ。人間離れしている……」

 ミルの動きに敵に動揺が走る。俺たちはそれを見逃さない。同時に敵陣の中に躍り出て、短剣を振るう。

 「ごめんなさい。許さなくていいから」

 ミルはそんなことを言いながら、無慈悲に短剣を振るう。相手の喉を、胸を、腹を、そして顔を。言葉とは裏腹に深く深く切り裂いて、貫いて、奪う。
 でも、隙を突かれて肩を軽く斬られてしまう。追撃に彼女の胸を貫こうとした剣が彼女の背後に迫る。

 「ミル!」

 俺は咄嗟に腕を伸ばして、彼女の身体を押す。彼女を刺すはず剣は俺の背を切り裂いた。でも、俺も深手を負わないようにしていたからか、傷は浅い。
 
 「スピカ!」

 「だい、じょうぶ……傷は浅いから」

 ふらつく俺を見て、ミルの目の色が変わる。場の空気が一変した。この空気を俺は知っている。ヴァシリー幹部が持っている狂気に似ている。

 「……」

 目の前にいたはずのミルの姿が消えた。そして、次の瞬間には俺の周りにいた騎士三人を倒していた。彼女は俺の隣に立つと、傷に障らないように俺の肩を支える。

 「大丈夫だよ。すぐに終わらせるから」

 そう言って短剣を構えたその目は静かに怒りを燃やしていて、とても冷めていた。

 「私の友人に手を出したこと、後悔させてやる」




 

10/15/2023, 1:23:18 PM