春風とともに
春風とともに、
花の香りが遠く揺れる。
忘れた筈の声が、
耳の奥に、微かに滲む。
瞼を閉じれば、
まだ、あの指先の温もりが、
この手に残っていて。
朧げな輪郭は崩れてゆくのに、
どうして、痛みだけは、
消えてくれないんだろう。
今、傍にある優しさは、
余りにも澄んでいて、
まるで咎の様に、胸を刺す。
覚えたばかりの温もりが、
心の空虚に触れる度に、
君の影が、静かに微笑む。
そう。
この腕にあるのは、寂しさの形。
忘れようと抱き締める度に、
君の名が、
心の奥に落ちていくんだ。
君が、誰かと手を取り、
見知らぬ春の光の中で、
幸せそうに笑っている姿を、
想像するだけで、
崩れてしまいそうになる。
それでも私は、
『私』を演じている。
幸せの仮面を纏い、
作られた微笑みを口元に浮かべ、
今日も、優しい春の陽を、
拒めずにいる。
春風とともに、
君の名を呼ぶことも叶わず、
この想いだけが、
春霞の空に、滲んでゆくんだ。
3/31/2025, 4:48:48 AM