かたいなか

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「食用油とかツナ缶の油とか、そういうの利用した災害時のオイルキャンドルは、何度か平常時に練習してた方が、良いと個人的にゃ思う」
キャンドル。キャンドルと来たか。某所在住物書きは首筋をガリガリ、天井を見上げため息を吐いた。
そういえば今朝デカい地震が、たしか青森県東方沖を震源にして、マグニチュード5クラスの。
「麻紐より普通の自作ロウソクセットの芯使った方が安定した、とかさ。火が大きくなっちまった時に、テンパって水で消そうとしちゃダメとかさ……」
いや、当時は、俺の前髪の一部がチリチリアフロになっちまっただけで、済んだけどさ。物書きは再度ため息を吐く。

「……火がデカくなったキャンドルの消化は、天ぷら油の時みたいに、窒息消火、試してみようぜ」

――――――

最近最近の都内某所。某アパートの一室の、部屋の主を藤森といいますが、
その藤森の部屋には、茶葉を利用するジャパニーズアロマポット、別名「焙じ茶製造器」、
つまり、「茶香炉」という物がありました。
香炉の上に茶葉をのせ、茶葉の下にティーキャンドルを入れ、熱して焙じて出る香りは、
煎茶とも、抹茶とも違う、甘い、穏やかな香り。

藤森は茶香炉と、何年も連れ添ってきました。
茶香炉は藤森を、何年も見続けてきたのでした。

『緑茶で茶漬け?』
『なかなか美味いぞ。香ばしい風味で』
『りょくちゃが、こうばしい……?』
ある日茶香炉は藤森が、キリッと渋めの川根茶を、茶香炉で焙じて親友をもてなすのを見ました。
焦げ過ぎないよう混ぜながら熱を入れられたお茶っ葉は、焙じ茶のお茶漬けには良い頃合い。
『藤森おまえ、京都人だったっけ?』
やけどしないよう、タオルで茶っ葉の入れ皿をつかみ、急須に落として、お湯入れて。
パックご飯と梅干しと、塩昆布少々に海苔少々、それらが入ったお茶碗に、タパパトポポトポポ。
ぶぶ漬け云々、いや雪国出身云々。2人がお茶漬けを食べるのを、茶香炉はじっと見ておりました。

ゆらり、ゆらり。
茶香炉のキャンドルの、火が小さく揺れました。

『今日のお茶っ葉、なに?』
『さして高くもない、普通の市販の茶葉だが』
またある日茶香炉は、とろり濃いめの八女茶を、茶香炉で焙じて職場の後輩をもてなすのを見ました。
賞味期限ギリギリで、半値で販売された茶葉は、要は飲まず香炉にブチ込めばよろしい。
『いい香り。モツ鍋とお酒キメたい』
『どこからモツ鍋と酒が出てきた。「八女」か?』
先輩ビール無い云々、当店アルコールの提供ございません云々。2人が穏やかにリモートワークを続けるのを、茶香炉はなんとなく見ておりました。

ゆらり、ゆらり。
茶香炉のキャンドルの、火が小さく揺れました。

『お前とも、随分長いな』
そして今日茶香炉は、藤森がひとり狭山茶を、茶香炉で焙じてため息吐くのを見ておりました。
『何年前だったか。お前を茶葉屋で買ったのは』
実は藤森、元諸事情持ちで、先日その8年越しの諸事情が、ようやく解決したところ。
きっかけは職場の後輩の提案。言葉ひとつからの行動で、藤森はやっと、ひと息つけたのです。
そういえばその後輩が、いつか数ヶ月前の昔、「この」茶香炉が欲しいと言ったような、気のせいか……

ゆらり、ゆらり。
茶香炉のキャンドルの、火が小さく、揺れました。

ジャパニーズアロマポット、焙じ茶製造器、茶香炉の中でキャンドルの火が揺れるおはなしでした。
おしまい、おしまい。

11/20/2023, 4:28:04 AM