自分のことだけで頭がいっぱいだった。
家業についていけない悔しさも、どうして〝使えるように〟育ててくれなかったのだという怒りも、全部が渦巻いて脳を支配していた。
「あんたなんか、父親じゃない。来ないで。探さないで。さようなら」
目の前の男が傷つく顔をする前に踵を返した。見たくないものから逃げるなんてまったくもって子供だ。
それでも自分の中の父親は何よりも強く、朗らかで、そう、まるで太陽だった。
それにポンと放り込まれたような自分が温かく迎え入れられたのはあの陽気な人柄によるもので。本来ならそんなことが許されるはずもなかった。
足掻いて無理矢理にでも側にいたのはきっと見苦しかったに違いない。
誰よりも自分自身がそう信じ込んだ。
駆け足がだんだんと坂を登っていく。枝に引っ掛けた痕でじんと痛覚が主張する。
涙が出てくる。泣く資格もないくせに。みっともなくぼろぼろと。
暗い空がじわりと明るく見えて彼らが遠く見えるような頃合いなら、一思いに、と後ろを振り向いた。
「ハァ、ハァ……いない……」
見事な朝焼けがザンバラな前髪を縫って瞳に差す。それ以外誰も遮る姿はない。誰も追いかけてこない。
どっと疲れに襲われた足が限界を迎えて尻をついた。投げ出した靴がころころと落ちていく。
このまま朽ちてしまいたい。あの人の子どもではない何かになって、知らない人の元で暮らしてみたい。そのまま普通のそこらにいる人間のように朽ちる生き方を知りたい。
それは心踊る、夢のような生活に思えた。
ぜいぜいと肩で息をしながら土に伏す。あり得ない空想が鮮やかに形取る前に、息遣いと心臓の音の合間で聞き慣れた足音がひとつ。
「体力がないんだから走りすぎるな」
父親は笑って子どもの腕を取る。よっこいせ、なんてふざけた掛け声で背負う。
「お前はいつも泣いてるな」
太陽のように暖かな背中の上では静かに朽ちることができない。焦がれてしまうのは恐ろしかった。
目を背ける我が子に横目で明るく破顔して、父親はいっとう輝きを増した。
「ふうん、そういうところは俺よりも母親に似たのか? そりゃ良かったなァ! もう数年もすりゃあきっと立派になる」
涙も汗も瞬く間に拭われて泣き止ますのが上手い人。
彼の前では雫ひとつ自由にできない。
わたしはまだ、そういう生き方しか知らなかった。
4/21/2023, 10:50:20 AM