池上さゆり

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 両親の顔を知らないまま育った私は家庭や家族というものに強い憧れがあった。
 だからそれを叶えてくれそうな人と手っ取り早く結婚した。愛し方がわからない私にとって、無条件に愛されることは一つの気持ち悪さがあった。だが、その生活も続いていくうちに慣れていく。愛し方はわからなくても、愛される心強さを知った。
 だけど、それが私を暴走させた。一人分の愛だけじゃ飽き足らず、バーに行ってはいろんな男を引っ掛け回した。その場限りの愛してるでも嬉しかった。
 その結果、誰の子かもわからない子どもを身篭った。旦那もそれに気づいてたが、何も言わなかった。私はそれを許してくれたのだと勘違いした。本当は呆れられて、愛想も尽かされているとも知らずに。
 だから、子どもが生まれてきたときは二人で愛せると思った。実際に最初はそうだった。旦那も子育てには協力的だったし、義実家とも関係は良好で特別苦労はしなかった。可愛い自分の子どもも心から愛することができた。
 だが、終わりは突然訪れた。子どもを抱いて出かけて帰ってくると、旦那が真面目な顔をして座っていた。大事な話があると言われて、子どもを寝かしつけてから向かい合う形で座った。
「もう、離婚してほしい」
 唐突な言葉にショックを受けた。恐る恐る理由を聞いてみる。
「自分の子かもわからない子どもを育てていくのがしんどいんだ。もう今月中には出ていってくれ」
 反論する言葉も出ず、従うしかできなかった。決められた一ヶ月、必死に物件を探したり、働き先を探したりもしたが何一つうまくいかなかった。気づけば、定められた期間は終わって荷物をまとめて車に乗せた。荷物を乗せるまでは手伝ってくれたが、旦那は見送ってくれなかった。行く宛もないまま、車を走らせる。しばらくして海が見えた。車を止めて、眠っている子どもを抱っこした。ぼんやりと海を見ていると、ポロッと涙が落ちた。これからどうしようと考えていると頭の中に浮かんだのは「死」の一文字だった。泣きながら、子どもを抱いて海に入っていく。一歩、一歩と深さを増すごとに芯まで冷たくなっていく。腰まで浸かったところで足が止まった。朝日が昇り始める。朝日の温もりが世界を照らしていく。涙が、止まらなくなった。私の手が冷たくても、子どもの身体は暖かい。死ぬなら自分だけにしておくべきだ。砂浜に戻って子どもを置いた。この子にもちゃんと愛してるを伝えて育てていきたかった。それでも、私の手ではそれが叶わない。
 もう一度、海に戻る。深く、足がつかなくなるまで深く、進んでいく。溺れる苦しさ。深い青に紛れた朝日に子どもの幸せを祈った。

6/10/2023, 9:00:29 AM