ポップコーンを片手に彼女と自宅で映画を観た。
暗いところが苦手な彼女と、人目を気にせずイチャイチャしたい俺。
両者の主張を取り合わせて自宅でのんびりデートが開催された。
部屋を明るくして画面から離れて、彼女の肩を抱いてはその手を叩かれる。
会話なき距離感の攻防を繰り広げながら、映画はしっかりと鑑賞した。
過去へ戻る能力を持つ主人公が、過去の出来事を改変する物語である。
改変したことによって、未来で引き起こされる悲劇を修正しながら何度も過去をやり直す、いわゆるタイムパラドックスを描いた作品だ。
話題になっていたタイトルなだけあって、俺としてはかなり楽しめた。
「もし過去に行くとしたらなにしたい?」
非現実的で生産性のないことを俺に聞いてくるくらいには、彼女も映画の内容に満足してくれたらしい。
「……白亜紀に行きたいですね」
「え? は、白……?」
彼女にとって俺の答えは予想外だったらしく、目を白黒とさせた。
「ええ。この目で直接、ティラノサウルス見てみたくないですか? あ、食われたくはないので、観察するなら安全が保障された場所がいいです」
「いや、そうじゃなくて……」
映画の内容から、彼女が求めている答えとはズレていることは分かっている。
主人公はあくまでも、自分の人生の軸で過去と未来を行き来していたのだ。
「言わんとすることはわかりますけど、過去に戻ったところで俺のメリットがありません」
「そうなの?」
純粋な疑問として俺の古傷を抉ってくる。
その無自覚にエッジを効かせた言葉こそ、俺にメリットがないいい証拠だ。
彼女を責めるつもりはない。
俺と彼女の間には、やり直せるような過去がないだけだ。
気遣ってほしいわけでもない。
それだけ、彼女との関係性が希薄だったというだけだ。
だからこそ、過去に戻って彼女が元カレとイチャイチャしているところを、もう一度見せつけられるとか、冗談ではない。
彼と別れたあとの3年間、毎日のように振られ続けるのも、彼女と結ばれた今となっては耐えられる気がしなかった。
下手をしたらやり直した過去で彼女を失う可能性だってある。
彼女の腰を抱き寄せた。
今度は払いのけることなく、素直に俺の体温に身を預けてくれる。
彼女のその一挙一動で俺がどれだけ安堵して幸せに浸っているか、彼女はきっと知らないはずだ。
「あなたと出会えなくなる可能性を捨ててまで、やり直したいことなんてないですよ。俺には」
「……ふーん?」
「…………」
……今、いい感じに思いの丈を打ち明けたつもりだったのだが。
なにひとつ伝わっていなくて肩を落とした。
もちろん、そんなところも愛しているのだけれども。
彼女の鈍感さに打ちひしがれながら、俺も同じ質問を彼女にした。
少し考えるそぶりを見せたあと、彼女はゆっくり俺に向かって好奇心に溢れた笑みを浮かべる。
「そういう感じなら、私、革命裁判所でのマリーアントワネットの弁論を直接傍聴したいっ」
「…………?」
なんて?
かわいく声を弾ませて、サラッと知的指数の高いことを言われた気がした。
よくわからないが、とりあえず彼女はヨーロッパの歴史文化に興味があるらしい。
相変わらずキラキラまぶしい笑みを浮かべている彼女を前に、俺は新たなデートプランとして、それらしい展示会がないか調べていった。
『もしも過去へと行けるなら』
7/24/2025, 1:51:29 PM