水晶

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『イブの夜』

病院の会計を済ませ二人で玄関へ向かう。売店の脇に差し掛かった時、母が一瞬足を止めた。どうしたの?と聞くと慌ててこちらに顔を向け「何でもないよ」と歩き出した。
チラッと、売店に目をやる。
棚の下段に手作りらしき雑貨が並び、中でも赤いポーチに目に留まった。母好みの色と形、母が見ていたのはきっとこれ。

母は昔から「まだ使える」と私物を買うことがほとんど無かった。病気になってからは尚更「私は通院や入院にお金が掛かるのだから」と益々物を買わなくなっていった。
袖口や膝が擦り切れた服を見かねて、新しい物を買ってこようかと声を掛けるも母はいつもそれを頑なに拒んだ。

でも、さっきポーチ見てたじゃない…。
母は本当は我慢している。だからポーチを買って渡してもいいがきっとそれでは母の中の何かが許さない気がする。

…そうだ!

私は忘れ物をしたと言って母を車に残すと急いで売店に戻り赤いポーチを買った。
これはサンタさんからの贈り物。それだったら母も素直に受け取ってくれるのではないだろうか。

イブの夜、今夜私はサンタになる。

12/25/2024, 9:38:17 AM