隹。

Open App



 ざあざあ。

 雨が降っている。

 独り言を全て掻き消してしまうほどの、大きな水音が存在を主張している。

 暗くてどんよりとした空の下。

 人が立っているのを、呆然としながら眺めた。

 その人の足元に転がっている、たくさんの穴が空いた傘。

 その人が身に纏う、綺麗な黒色をした服。

 髪から、服から、滴る水なんて気にしない。

 雨風さえも、空気となんら変わらない、自分に害の無いもののように見えているのか。

 目に雨が入っても、水が頬を伝っても、空を見上げ続けている。


「何をしているの?」


 誰か分からないその人は、こちらを見ずに答える。


「待っているの。」

「誰を待っているの?」

「お天道様。」

「どうして?」

「傘が壊れちゃったから。お天道様が、会いに来てくれるのを待っているの。」

「自分から、会いには行かないの?」


 そこまで問い掛けて、その人はゆっくりとこちらを向いた。


「だって、雨、止まないんだもの。手足が悴んで、歩けないから。」


 あぁ、怠惰な人なんだな。

 軽蔑的な視線に、その人は顔を顰めた。

 だってそうじゃないか。

 恵みを与えてくれる、大切な存在のはずなのに。

 雨宿りも、家に帰りもしないくせに、都合の悪い時だけ雨のせいにして。

 けれど。

 そうする事で、楽に生きる事が出来るのは事実だ。

 全部全部、知らないフリで。


「あなただって、同じでしょ。雷が落ちても面倒なんだから、大人しく待ってようよ。」


 そうだ。

 傘は壊れた。

 服もびしょ濡れで、寒くて。

 自分から何かを求めて動くのは、疲れてしまった。


「お天道様は、きっと来てくれる。」


 そう、向こうから来てくれる。

 雨が降っているのなら、仕方無い。

 寒くて冷たいところで、静かに休んでいよう。

 雨はしばらく降り続ける。


 今も、絶対に降っている。

 目で見えているものが、ずっと昔のフィルムの中の映像だったとしても。







 ___ 3 いつまでも降り止まない、雨


5/25/2023, 12:31:27 PM