青星

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時計の針


私の友達は変な人だ。ほとんど外に出ないくせに何故かお金に困ってる様子はない。

「おーい。生きてるー?」

扉を開けて中に入る。部屋には壁を埋め尽くすほどの時計が数えきれないほど飾られている。本来なら静かな秒針の音も、重なり合いすぎて2階から石を落としたような鈍音となっている。最初はこの音に耳が拒否反応を起こしてたものだ。

「こっちだ。親友」

細長い、骨のような白い手が覗き出て、私を手招いた。
私はすこし早足になりながらその手の手招く方へと向かった。

「おひさ。ちょっと痩せたんじゃない?」

「そうか?」

「ちゃんと3食食べなね?」

「うぅん……」

彼は薬を出された犬みたいな声をあげた。
それがなんだか可笑しくて少し笑った。

「コンビニで春のスイーツめっちゃ売っててさ。一緒に食べよ」

私は彼に薄桃色のお菓子がいっぱい入ったレジ袋を押し付けた。

「これはまた多いな。ダイエットしてるんじゃなかったのか?」

「分かってないなぁ。ダイエットしてる時に食べるからいいんでしょ」

「そうなのか?」

「そうだよ!。背徳感が増してさ」

「……俺にはわからん」

それは残念だ。まぁ彼は逆にもっと食べるべきだ。わたしより体重軽いのだから。ダイエットなんて彼には遠い遠い存在なんだろうな。羨ましい。

「あ、わたし桜餅たべたーい」

「じゃあシュークリームを貰おう」

「おっけー」

口いっぱいに桜餅を頬張る。
和菓子は正義。食べても洋菓子よりヘルシーな気がするから。

「んー、ほへほへ」(んー、これこれ)

「餅食べる時に喋ると危ないぞ」

「んー」

彼とはたまにこうやってあって、なんでもない会話をする。彼は浮世人というか、その整った容姿も相まって、人間というより妖精のように見える。どうやってお金を稼いでいるのかわからないのに、とても立派な家に住んでいる。彼にはそのまま不思議な妖精さんでいて欲しいから聞いたことはないのだが、そんな彼だからか、彼との会話は心が軽い。
いつからか人との会話が億劫になっていった。
大人になるにつれ考えることが増えすぎたからだ。どんな会話にも裏の会話がある気がしてとても心が休まらない。性別、家、親、夢、お金、結婚……。彼との会話はそんなことを考えなくて済む。他人からの私像を外して話せるからだ。世間体を気にしなくていい。

「おいしいな、これ」

「それはよかった」

もぐもぐと美味しそうに彼はシュークリームを頬張っている。リスみたいだ。彼はとても背丈があるのに小動物みたいな雰囲気があるのは何故だろう。どこまでも彼は不思議だ。彼になりたいと思ったことはないけれど、すごく彼に憧れる。自分にないものを持っているからだろうか。
彼に一度聞いてみたことがある。なんでこんなに時計を集めているのかと。そうしたら彼は、過去に取り残される気がするからと言った。なんでも、彼は過去と未来の感覚が曖昧だそうで、自分は“ここにいる”ということが時々信じられなくなってしまうそうだ。彼は今を生きている。
なんかいいなと思った。
彼に他のお菓子を勧めてみる。とてもヘンテコな形をしたグミで、仮想の怪獣を思い浮かべながら作ったそうだ。彼は怪訝な顔をしながらグミを食べていく。
とても平和で心地いい。この少しずれ込んだ時間がとてもすきだ。ずっとこれが続いてくれないかなと思った。
時計の針が永遠と回るように、彼の人生の輝きも、永遠のものになればいいなと、そう想った。

2/7/2026, 4:42:47 AM