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もう、そんな時期だったか───。

鳥が群れを成すのを見て、男は足を止めた。
身に纏うのは、王国支給のプレートメイル。
……その劣化品。

ヘルムは既に無く、肩当ては変形し。
色褪せた紋章は、盾代わりでしかないだろう。
それでも彼がそれを身に纏うのは、なぜか。
彼自身、既に覚えていなかった。

チリン───。

鈴の音。
視線をやれば、鞘の口へくくり付けていた魔除けが、足元に落ちている。
コレもまた、覚えはない。
しかし拾い上げ、結びつける。

妙に鮮やかな極彩色のスカーフは風に揺れ、
霧を纏う十字架が、胸元で輝いている。

つまるところ、彼はそういう奴だった。

どこにも帰属意識を持たずに、
しかし、戦うためにはソレを背負う。
そういう不器用な男だった。
……だから…だろうか。

お前は───。

視線を前に戻した時。
そこに少女が立っていた。
決して裕福とは言えない、
それでも、今を生きている。
そんな花の似合う少女だった。

彼女が持つ花は…確か、そう。
去年この地で、滅んだ村の───。

“ちがう”
少女が首を振る。

何が違うのだろうか、
己は、間に合わなかった。
いままでだって、そういう事が何度もあった。
だから己は───。

“ちがう”
ぽすん、と少女の重さが身体を揺らした。
涙混じりの感情が、男の心にぶつかってきた。

“ありがとう”
拙い言葉。
それは己が、発した言葉だった。
一宿一飯の礼に、残した言葉だった。

その結果、あの村はどうなったか───。
暗い後悔に表情を消す。

そんな己に気づいていないのか、
少女はポーチから、一つの指輪を取り出した。

獣避けの指輪か───?

男には見覚えがあった。
一年前、あの村に立ち寄った時、
通貨と引き換えに手放した物。

森近い村であれば、
高く買うだろうという判断だった。

まさか───。

言葉が詰まった。
少女の背後に目を向ける。

広大な森。
人が住むには向かぬ獣の世界。
しかし、それは。
森の歩き方も知らない、町人の理屈だ。

は、ははは───!

思わず浮かべた笑みと共に、少女を抱きしめる。
儚く小さな身体。
しかし、確かにそこにある。
枯れたはずの涙は、止まることを知らなかった。

5/9/2026, 10:01:03 AM