Rina

Open App

気分転換してくると言うと、彼はいつもハク(飼っている犬の名前。毛が全体的に白いので見たままの名前だ。)を連れて2時間、長いときは3時間くらい散歩に出掛ける。帰る頃にはハクもくたくたで、水をじゃぶじゃぶ飲んで玄関の冷たいタイルの上で息を切らしている。
どこまで行っていたのか聞くと、いつも同じ場所ではないので気まぐれでどこか遠くまで歩いているようである。今日も出ていってからもう2時間半も経つがまだ帰ってこない。待つ気もなく一人で食べた夕食の食器をシンクに運んでいると玄関の鍵を開ける音がした。と同時にハクの水を浴びるように飲む音と、彼がハクのドックフードをお皿に入れる音で、一気に夕方のリビングのひとときが外の活気に飲み込まれる。
テレビを消して玄関に向かうと、上がり框に腰を下ろしてドックフードを食べるハクを眺める彼がいた。
「今日はどこまで行ってたの?」
もういつもの質問と化している問いだが、彼は毎回面倒くさがらず答えてくれるので、私も遠慮はしない。
「東中学の近くの寿司屋で引き返してきたよ。」
「結構車通りの多いとこ歩いてきたんだね。」
東中学の門を出ると国道があり、その国道を右にまっすぐ進んだところにある回転寿司屋のことだ。家からだと5kmほど距離があるだろう。
「往きはね、帰りは結構裏道使ったからハクも歩きやすそうだったよ。」
いつの間にかドックフードが入っていたお皿は空っぽになっていた。ハクはまた水をじゃぶじゃぶと飲んでおり、そのせいで玄関のタイルが濡れていた。この時の玄関タイルは水だけではなくハクのよだれも飛び散っているのでよく滑るということを毎年夏に学んできている(暑い時期はハクのよだれの量がすごいのだ!)。そのため、ハクを犬小屋に帰した後は玄関の掃除を欠かさない。
彼が玄関を掃除している間に、冷めてしまった晩ご飯を温める。ダイニングテーブルにコップと箸を出す。サラダにかけるドレッシングを準備する。ご飯をよそってもらうためのお皿を準備する。一緒に夕飯を食べていたなら、この手間がなかったんだなとふと考えていた。この時間は彼のためであるのだ。この事を彼は小さなこととして受け流しているのか、心のすみで感謝しているのか、それとも気づいていないのか。ありがとうというには小さすぎる気もするのはわかるのだが。なんだろうこなもやもや。
ハクの散歩が長い時だけじゃない。私が彼の当たり前のような、何気ない小さな期待に応えようとしている時、その期待に応えた分だけの見返りがあったかという疑問が浮かぶときがある。


#衣替え

10/22/2023, 12:43:25 PM