珊瑚樹

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クラスの投票の結果、私たちのクラスの合唱曲は"大切なもの"になった。

学生時代に気付けなかった友情などの大切さを歌った割とメジャーな曲だ。

私はこの歌は歌わない。指揮者になったからだ。
これもまた、投票で決まった。

9月の後半にある合唱祭に向けて、金賞を狙う私達はかなり早い段階から練習を始めていた。

が。

長い夏休みが終わり、学校の授業を身体が思い出し始めた9月の頭。合唱曲は未だ未完成だった。

原因は主に2つ。
一つ目は合唱祭への思いにムラがあること。
二つ目はクラスのとびきりの音痴、村上くんの存在だ。

村上はいつも教室の隅でぼんやりしてるタイプの男子だ。話せば答えるがいまいちノリが分かっていない感じがするので、みんな積極的には話しかけなかった。
なので誰も知らなかった。こいつがこんなに音痴な事も。それをあまり恥じないタイプだということも。

クラスには村上のせいで合唱が上手くいかない、みたいな空気が出来上がってしまっていた。
皆で合わせる度に村上の方をチラチラと見て、クスクス笑ったり、不満の目配せをしたり、とにかく良くない空気だった。

その日の練習もそんな空気のまま終わるかと思われた。

私が楽譜台を片付けていると、片山さんが女子を引き連れて嵐の如くやってきた。
片山さんはこのクラスのボス的存在だ。彼女の言葉がクラスの言葉になる。私を指揮者に推薦したのも彼女だ。

「ねえ、前田さん。村上のことどうにかしてよ。」
「、、、え?」
「わかってるでしょ?あいつがいると空気悪いんだよね。口パクにするか、当日休むか説得しといて」

片山さんはかなりご立腹の様子だ。
彼女は誰よりも合唱祭に熱を上げている。よく男子を叱って泣くというパフォーマンスをなさる。

「いや、村上くんも頑張ってるし、、、」
「はぁ?そういうの要らないから!今クラスがどういう雰囲気か分かってないの?」
「それは、」
「あんた指揮者なんだから、そこら辺もしっかりして貰わないと困るから。とにかく、次の練習までによろしくね」

言いたい事だけ言って踵を返す。下ろした髪が見本のようにふわりと広がった。人の気持ちも知らず周りの子達と楽しそうに笑っていってしまった。

私は片山さんと反対方向に踵を返した。気力なく振り返っただけなので、髪は広がらなかった。
次の練習は明日の朝だ。つまりこの後すぐ言わなくては間に合わない。腹を決める時間もなくフラフラと学校を彷徨っていたら、見つけてしまった。

いっその事もう帰って入れば言い訳も出来るというのに、トイレから出てくる村上くんとかち合った。

「あ、村上くん。あの、」

なんというべきか。本人を前に歌が下手だから口パクで歌って欲しいなんて言えるわけが無い。
言葉を考えながらもごもごと喋っていると、村上くんの方から話しかけられた。

「彩雨さん、ちょうど良かった。合唱の事なんだけど」
「えっ?」
「彩雨さん、指揮もうちょっと大きくやった方がいいと思うよ」
「、、、えっ?」
「あの曲、ゆっくりとしたテンポだから小さい指揮だとハモリがズレる。」
「、、、はぁ」
「サビのところは特に大きくすると、かっこいいと思う」

顔に血が集まり、名も無き激情に踵が浮いた気がした。
文句を言おうとした相手に、逆に文句を言われるなんて

悔しい。そう思った。
指揮が小さいなんて。何よりそう思ってるのは私だ。片山さんに押し付けられた指揮者だけど、本当はやりたくて仕方がなかった。
片山さんが言い出した時には、笑いそうになるのを必死で堪えたくらいだ。

でもいざ指揮をするとなると、想像以上に皆の視線が集まって、緊張で身体が縮こまる。それでズレる。焦る。小さくなる。その繰り返しだった。

「む、村上くんだって、もうちょっと練習した方がいいんじゃないっ?音全然ズレてるし、」

言い終わって不味い、と思った。
焦ってたとはいえ、言っていいことと悪いことがある。
怒るかな。慌てて言葉を足す。

「最初よりはよくなったけどね!?入りのとことか!」

村上くんの顔なんか見れなくて、ぎゅっと手を握る。
変な事言わなきゃ良かった、、、!
しかし、返ってきたのはあっさりとした口調の言葉だった。

「うん。そうだよね。もっと練習する」
「、、、え?」
「カラオケとかで練習してるんだ。よく分かるね」
「あ、うん。誰よりも聞いてるからね」

思わず村上くんの顔をじっと見つめると、向こうは少し悩むようにしてから、言ってきた。

「彩雨さん、そういうのもっと言った方がいいんじゃない?」
「アドバイスってこと?無理だよ!」

片山さんもいるクラスにアドバイスなんて言えるわけが無い。見つめられる視線を思い出すだけで緊張する。

「でも、いつも思ってることあるよね?言わないだけで」
「まぁ、ないことは無いけど、、、」
「なら、言うべきだよ。彩雨さんが思うより皆は君に期待してる気がするし」

特に片山さんとか。と言いつつ、まっすぐこっちを見つめてくる。

「きっとクラスの空気を変えれるのは彩雨さんだと思う。俺も頑張って練習するから」

肩の力がどっと抜けて、初めて村上くんの顔をまっすぐ見つめた。嘘をついてる訳でも、からかっている訳でも無さそうだった。
そう思ったから言った。きっとただそれだけなんだろう

だからこそ、信じれた。やってみよう。そう思った。

「頑張ろうね、彩雨さん」

そう言うと村上くんは呆気にとられた私を置いて、スタスタと行ってしまった。
そういえば村上くんは私の事を名前で呼ぶ。そんな些細なことも気がつけなかった。

私は息をグッと吐くと、村上くんと反対方向に振り返った。髪がふわりと広がった。

やっぱり私はこの歌を歌わない。歌えない。

学生時代が終わる前に、友情や大切なものに気がつけそうだから。


4/2/2026, 1:56:08 PM