KAORU

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「美味しいですねえ、薮さんこれ、この栗の炊き込みご飯、絶品〜」
 そうだろうそうだろう。
「ナラタケのお味噌汁も、ご飯に合う!ほっぺた、落ちます!美味しい〜」
 当然だ、俺の料理の腕をもってすれば。これぐらいどうってことない。
「天才ですねえ、秋の季節の食材の良さをふんだんに引き出せますね、薮さんなら」
 まーな! と内心では鼻たかだかだが、俺は平静を装って「いいから黙って食べなさい」とクールにあしらう。
 部下の花畑に、ひょんなことから手弁当を食わせたことで、懐かれてしまった。お給料日前はカップ麺ばかりですと打ち明けられ、勢いで「そんな食生活はダメだ。うちに飯を食いに来るか?」と言ってしまった。
 やばい、パワハラ兼セクハラで訴えられる!と思いきや、「良いんですか?薮さん、神!救世主!」と崇め奉られる始末。
 そんなわけで、花畑を家に呼んで手料理でもてなすのが月末の習慣になってしまった。
「今日も大変ご馳走さまでした。美味しゅうございました」
 手を合わせて花畑は頭を下げる。
「お粗末さま。たくさん食ってくれて、ありがとうな、作り甲斐あるよ」
「食べ甲斐があるお味だからですよー。ほんと、薮さんの料理、私いくらでも入りますもん」
 なんでだろー、あ、私食器洗いますねーとシンクに立つ。俺はその姿をしげしげと見つめ、こいつ変わったなと思う。こんなに笑うやつじゃなかった。いつも面白くなさそうに仕事をこなしてた。そつなく立ち回り、周りの正社員のプライドに触らない程度に手を抜いて、ほどほどの仕事量を捌いていた。
 もっとできるやつなのに、勿体ねえな。俺はそう思っていた。
 料理を食わせてやる代わりと言ってはなんだが、花畑に俺の直属で働いてみろと水を向けた。コピー取りとかじゃない、創造性のある仕事を任せてみたくなった。
 今、花畑はおはなばたけとは呼ばれなくなってきた。職場で。
 しめしめ。
 ……でもまぁ、ふにゃふにゃと適当に手を抜いて、学生バイトみたいにサボることを考えてる頃のこいつも懐かしい気もするな。
 俺の視線に気づいたか、花畑は「なんです?」と聞いた。
「いやーー、冷やしておいたプリン、食べるか?」
「手作りの?食べますっ」
 諸手をあげてはいはいっと花畑は飛び上がった。
 俺は笑って一個だけだぞと釘を刺した。

「やぶと花畑3」

#過ぎた日を思う

10/6/2024, 11:13:25 AM