色野おと

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テーマ/君に会いたくて


《ナンキンハゼの並木道で》

初めて一緒に歩いたのは、君が小学5年生だった頃の秋のことだ。当時、私は高校2年生で、夏休み前に中学校教諭をしていた母親の知人を通して「個人的に家庭教師をしてくれる人を探している」と紹介されたことがキッカケだった。最初に会ったときは、小生意気な女の子だなあって思ったものだ。

一学期の期末テストで算数の点数が34点。もともと算数だけは苦手のようで、何が分からないのかが分からないといった状態だった。
夏休みだけの家庭教師のアルバイトのつもりで引き受けた。その代わり、本気で君と向き合った。週に2回のハズだったのが、君も本気になって勉強してくれて、素直に感情を返してくれるものだから私もつい嬉しくなって、トコトン君の勉強に付き合った。アルバイト代なんてどうでもよくなって、ほとんど毎日一緒に勉強した。

夏休みが終わって二学期が始まった。
二学期からは学習塾に通うらしいことを君のお母さんが言っていたので、家庭教師のアルバイトも一段落ついた。なのだけれど、10月の中ごろに行われたはずの中間テストの結果がどうにも気になっていた。算数のテストの成績はどうだったのだろうか。夏休みに一緒に勉強した成果は出せただろうか。君はまた落ち込んだりしていないだろうか……

そんなことを気にして数日が経った頃だった。
夕方、君のお母さんからウチに電話があった。学校からまだ帰ってきてないと言って、泣き出しそうなくらい君のことを心配していた。
でも私には君が行きそうな場所がすぐに分かった。根拠というハッキリしたものはなかったけれど、絶対にそこにいると思ったから、その場所へ全力で走っていった。一緒に勉強していた合間に君がウキウキして話してくれていたことを思い出しながら。

〝あたしの好きな場所はねぇ、あたしが通っていた旭保育園のそばのナンキンハゼがたくさん並んでいる通りなの。ナンキンハゼの葉っぱのカタチってカワイイから、ずっと見てられるの。秋になるのが楽しみなんだあ♩〟


あれから40年。
今もこの寺裏通りのナンキンハゼの並木道を歩いていると、あのときのことを思い出す。
息を切らしてこの並木道に来てみると、暮れなずむなかで君はお寺の裏の塀垣(ブロック塀)に背もたれて、真っ赤に色づいたナンキンハゼのハートのような葉っぱを見上げていた。

私が来ることを知っていたかのように驚きもせずに、ナンキンハゼを見上げながら
「先生?心が通じるっていう花言葉って本当なんだね。先生がここに来てくれるって思ってたよ……信じてたの」
「ナニ言ってんだって?お母さん、美樹ちゃんが拐われたんじゃないかって心配してウチに電話してきたんだからな!……ていうか、算数のテスト……ダメだったのか?」
「そんなわけないよ。何点だったと思う?(笑)」
「んー……50点?くらい?」
「ザンネンでしたあ。60点!」
「マジか!ホントよく頑張ったなあ、エラいエラい」
「……先生?あたしね、塾行きたくない。これからもずっと先生から教えてもらいたいの。そのこと、お母さんに言えなくて……なんて言おうかなって、ここで考えてたの」
「そうだったんだ……分かった。その答え、お母さんの前で教えてあげるから一緒に帰ろうな」

そのとき私が分かったのは、君の気持ちと云うよりも、私自身の本当の気持ちだったように思う。

君は嬉しそうに笑って、私の手を掴んだ。
その6年後の夏、高校二年の夏休みに君が一人で新潟市から川崎市麻生区にある小田急線百合ケ丘駅近くの高台の私の住むアパート〝ハイツ根岸〟へ、親公認のお泊まりで遊びに来た。先生と教え子という関係から恋人へ。
君は私を追いかけてきてくれて、私と同じ玉川学園内に併設していた女子短期大学に入学した。君はあのとき、小さな声で約束したことを守ってくれていたんだよね。


そして時は長く流れて、12年前の2012年8月。
40歳という若さで君はこの世を去った。


今もふと、君のことを想う。
君に会いたくなると、秋ではなくてもナンキンハゼの並木道​ ┈┈ 寺裏通りの歩道をひとりで歩く。夕暮れに手を繋いで歩いたあの日のことが昨日のことのように甦る……


君が私の手を掴んだとき、私は君のその小さな手を強く握り返した。君のことをずっと見守っていきたいって思ったんだ。そしたら君も強く握り返してきて、君の消えそうなくらいの小さな声がした。
「あたし、ずっと先生の隣で歩きたいから頑張るね。約束」


君と過ごした時間がとても、とても愛おしい……どうしようもないくらい、堪らなく君に会いたい。

1/19/2024, 6:30:42 PM