お父さんは夜に仕事をしている。わたしが学校へ行っている間は眠る。学校から帰る頃には、仕事へ行く支度をしている。親子の会話などほとんどない。
それでもどうにかコミュニケーションをとるために、お父さんの親友の提案で、交換日記を用意した。数十冊にまで増えたノートを眺めて、少しだけ悲しい気持ちになる。
お父さんはそんなに字が綺麗じゃない。ギリギリ読める程度。対して、交換日記に書かれた字は達筆。つまり、お父さんではない別の誰かが書き記しているのだ。そんなの一人しかいないけど、気づかないふりをしている。
思い出を振り返るように、昨日のページを開いた。
『十一月三十日。男は仕事から帰宅するなり、交換日記を開く。眠気で重くなる目蓋を懸命に開いた。そこに書かれた文章を脳に焼き付けるように、一文字ずつ大切に目を通す。ノートに書かれている娘の学校生活は、至って平凡なものだ。しかし、男には毎日が輝いているように見える。娘の生きる日々が、男にはかけがえのないものだから。男は娘に思う。お前の紡ぐ人生が、幸せな方へ進むことを祈る、と。』
お父さんはこんな書き方をしないと思う。それ以前に、面倒臭がって文字を書かない。きっと、親切な誰かさんが、お父さんの様子を書き記している。そうだと思いたい。
わたしは続きにこう書いた。
『男は交換日記を読み、娘の幸せを思う。しかし、何故だろう。決して娘と会話しようとしないのだ。娘はずっと不安に思っていた。お父さんはわたしのことが嫌いなのか、と。そして、いつしかこう考えるようになった。お父さんが勤めるお店に行って、ちゃんとお金を払ったら、わたしともお話ししてくれる?』
ちょっとだけ本音を交えた。この続きがどうなるのか、少しばかり不安だ。ページを捲るのが怖い。
震える手でページを捲ると、既に続きが書き記されていた。今日の分だ。
『十二月一日。男は娘の本心を知る。しかし、娘が父と会話するために金銭を支払うのはおかしい。店に行かずとも、家で話せばよいのだ。私が娘に寂しい思いをさせたのだと、男は悔い改める。娘に挨拶をする。それだけでも、コミュニケーションはとれるはず。男は自分に言い聞かせるように呟いた。大丈夫。ちゃんと愛情は伝わる。』
お父さんの懺悔と共に、店には行くなと書かれている。それはそうだ。ホストクラブは、未成年が入れる場所じゃない。仮に入れる年齢になっても、お父さんから『父親』を差し引いた『男』の姿を見たくない。
今、お父さんは仕事へ行く支度をしている。鏡の前で「今日も世界一かっこいいな」と、自画自賛。毎日のルーティンのようだ。
わたしの視線に気づいたお父さんが、ゆっくりと近づいてくる。
「帰ってたのか」
「うん。ただいま」
「おかえり。父さんは今から仕事に行くけど」
「いってらっしゃい」
わたしの頭をくしゃっと撫でて、お父さんは家をあとにした。撫でられたところが少しあたたかい。
交換日記で少しずつ紡いだ物語が、現実になろうとしている。今日はどんな続きを書こうかな?
12/1/2025, 6:59:09 AM