「春風とともに」
春は嫌いだ。何かが確実に変わってしまうから。一年かけてやっと慣れ親しんだ環境も、この季節を皮切りに全く違うものになろうとする。何も変わらない、変われない私を置いて。別れへの寂しさ、出会いへの不安。春なんてしんどいことしかないのに、どうして世間は門出だ新生活だと、そうも明るくいられるのか。何も考えていないような春の陽気さとは裏腹に、私の心は荒んでいた。
視界の端に明るい色が映った気がして、ふと顔を上げる。頭上では、早咲きの桜が完璧なパフォーマンスで腕を広げていた。そういえば毎年ここの桜は咲くのが早い。他の桜たちは入学式に間に合わないが、こいつはちょうど良いタイミングで花を纏うのだ。いつだったか、自分もピカピカのランドセルを背負って、胸を踊らせながらこの木の下で写真を撮ったっけ。あの頃は毎日が楽しくて、変化が嬉しくて。自分が変わっていくのが楽しいと、真正面から言えたのに。
満開笑顔の桜を見ながら思い出す。新品の黄色い帽子を深々とかぶってお兄さんお姉さんについていったこと。ランドセルではない大きなリュックが新鮮だったこと。制服というものを着て、鏡の前でクルリと回ったこと。必死になって自分の求める進路に手を伸ばしたこと。慣れないバス通学が、マンガの世界みたいでワクワクしたこと。ブカブカのローファーさえも嬉しかったこと。あんなに希望に満ちていたではないか。ふっと微笑みを向けたのは、眼前の桜へか、過去の自分へか。見上げていた桜から目を下ろし、再び歩き出す。先ほどよりも幾分か軽い気がする心を、春風が優しく包んだ。気がした。
「…変わるのも、悪くないかな」
3/31/2025, 8:01:49 AM