G14(3日に一度更新)

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「ん……
 ここは……」

 目が覚めると、そこには見慣れない真っ白な天井があった。
 まるで病院のような白い天井で、子供の頃のトラウマが刺激されて気持ちが不安になって来る。
 私は気を逸らすように横を見たが、ただ白い壁があるばかり。
 家具らしいものは何も無く、生活感の感じられない部屋であった。
 
「気づかれましたか?」
 突然耳元で声がして飛び上がりそうになる。
 どうやら頭を向けた反対側に人がいたらしい。
 まさすぐそこに人がいるとは!

「良かった。
 目が覚めないので心配してましたよ」
 聞こえてくる優しい声。
 ここ病院っぽいし、医者の先生かもしれない……
 ならば、なぜ私がここにいるか知っているはず。
 聞けば答えてくれるはずだ。
 そう思い振り向いたが、私は聞くことが出来なかった。

 なぜならそこにいたのは人間ではなかったからだ。
 頭が大きく、長い手足が何本もあるタコのような生き物――火星人であった。

「なんで火星人!?」
 疑問が口を突いて出た瞬間、私の記憶が蘇ってきた。

     □

 昨晩(?)の事だ。
 私は恋人のリョウと共に、近所にある廃校になった小学校へとやってきた。
 鍵のかかってない裏口から侵入し、屋上に出る私たち。
 私たちの頭上には、綺麗な星空が広がっていた。

 けれど、私たちがここまで来たのは天体観測じゃない。
 この広い宇宙のどこかにいる知的存在――宇宙人と交信するためである。

 最初に言っておくが、私は宇宙人には興味はない。
 いないと思ってるし、ロマンも感じない。
 だからいるか分からない宇宙人なんて考えず、地球人同士で仲よくしよう。
 それが私の主張だ。

 でも恋人のリョウは違った。
 熱心なオカルトマニアで、いつも遠い友人たちに思いを馳せている。
 宇宙人と友達になるのが夢と言って憚らないロマンチストなのだ。

 ここに来たいと言ったのもリョウの発案であり、私はここに連れてこられた。
 もちろん私は興味が無いので最初は断った。
 大好きな彼のお願いは聞いてあげたいのだけど、なんせ興味がひとかけらもない。
 バッサリと切り捨てたのだが、それでもリョウは諦めない。
 その後も説得を受け続け、最終的に私が折れてここに来ることになった。
 ――スイーツ食べ放題に連れて行ってくれることを条件にだが。

 そんなわけで、私たちは星について語り合うことなく、宇宙人交信の儀を執り行うことにした。
 綺麗な星空だが、星にも興味は無いので問題はない。
 すぐに私たちはお互いに手を繋ぎ、小さな円を作る。

「「宇宙人さん、宇宙人さん、来てください。
 一緒にお話をしましょう」」
 リョウのセリフに合わせて、私は復唱する。
 するとどうだろう。
 ものすごく恥ずかしくなってきた。

 体がとても熱くなり、嫌な汗をかき始める。
 これほど恥ずかしいものとは!
 はっきり言って見くびっていた。
 これではスイーツ食べ放題では釣り合わない!

『やっぱり来なければよかった』
 私が後悔し始めた時だった

 急に周囲が明るくなる。
 学校は町から少し離れていて、付近には何の光源も無い。
 不思議に思った私は空を見上げると、そこにはなんとUFOがあった。

「え、マジで!?」
 予想を裏切り、私たちの元にやって来たUFO。
 絶対来ないと思っていたし、そもそも存在しないと思っていたので、頭が真っ白になる
 私が呆気に取られると、変な浮遊感を感じた。

 『まさか!』と思って足元を見ると、地面から足が離れているではないか!
 本能的にヤバい事と感じた私は戻ろうとするも、時すでに遅し。
 何もできずUFOの中に取り込まれ、そこで記憶が途切れるのであった。

     □

「そんな……」
 私は記憶を思い出し、愕然とした。
 そうだ!
 私たちはUFOを呼び、そして宇宙人にさらわれたのだ。
 一体何の目的で……

「あの、大丈夫ですか?」
 気が付くと、火星人が私の顔を覗き込んでいた。
 私はとっさに距離を取ろうと後ろに下がる。
 が、

「鎖!?」
 私はベットに括り付けられるように、鎖でつながれていた。

「逃げられると困るので」
 なんてことないという風に、火星人は言う。
 その余裕に満ちた顔に、私は恐怖で震え上がる。
 何もできることは無く、見栄を張って睨みつけることしか出来なかった
 
「いったい何をするつもり!?」
「決まっているではありませんか」

 そう言うと、火星人はたくさんある足?の一本を、自身の隣にある机を置く。
 机の上には、ナイフや針、ああドリルのようなものもある。
 いったいこの器具で何をされるのであろうか……
 想像したくもない。

「リョウ!
 リョウはどこ?」
 私は最愛の恋人に助けを求める。
 けどリョウも無事ではあるまい。
 たとえ無駄な事だとは分かていても、助けを呼ばずにはいられなかった。

「ここにいるよ」
 だが意外にも、リョウから返事が聞こえてきた。
 そこには切迫した様子は感じられず、無事であることに安堵する。
 私はリョウの姿を見ようと、声のしたほうを振り向いた時だった。
 私はリョウの姿を見て固まる。

 リョウは、私の様に拘束されておらず、リラックスして椅子に腰かけていた。
 それは良い。
 だけど、なぜか隣には火星人がおり、まるで友人と歓談するかのような穏やかな顔であった。

「リョ、リョウ……
 なんで、どうして……」
「君が悪いんだよ」
 リョウが、抑揚のない声で私を咎める。
 今まで聞いたことが無いような冷たい声。
 私は声を聞いて震え上がる。

「リョウ、嘘だと言ってよ。
 私を騙したの?
 火星人と仲間だったの……?」
 私がそう言うと、リョウはにこりと微笑む。

「そうだ」
 一番聞きたくなかった言葉がリョウから放たれる。
「1か月前くらいだったかな。
 ここにいる彼らと交信で出来て、それから仲良くなったんだ」
「リョウ……」
「彼らも地球人に興味津々でね。
 ものすごく盛り上がって、お互いの身の上話も話したんだ。
 もちろん君のことも」
「待って、リョウ
 何を言っているの?」
「それで今回の事を思いついたのさ」
 私が嘆願するも、無視して話を続けるリョウ。
 私の話に耳を傾けるつもりはないらしい。

「ねえ、リョウ!
 私、なにか悪いことした?
 謝るから許してよ!」
「君が悪いんだ」
 リョウの顔から表情が消える。
 この顔、リョウが本気で怒っている時になる顔だ。

「君が悪いんだ。
 君が、歯医者に行かないから……」
「えっ」
 言葉の意味が分からず、私はそばにいた火星人の方に目線を向ける。
 傍にいた火星人は一瞬驚いたような顔をしたが、なにかを察したのか机の上に置いてあったドリルを手に取った。
 そして私の目の前にドリルを持って来て、ドリルをキュイーンと動かした。
 ……これ、歯医者のドリルじゃん……

「あれほど歯医者に行けって言ったのに、全然行かないよね。
 虫歯出来たんだから歯医者に行けばいいのに、僕に愚痴を零すばっかり……
 騙して連れていても、待つ間に君は逃亡する……
 もうウンザリだったよ。
 そんな時、彼らと出会った」
 リョウは、私の側にいる火星人に目線を移す。

「そこにいる彼が、偶然にも歯医者らしくてね。
 それで今回の事を思いついたんだ」
 リョウは椅子から立ち上がり、私に歩み寄る。
 相変わらず無表情で非常に怖い。

「その鎖も逃げられないようにするためさ。
 宇宙船から逃げられるとは思わないけど、念のため」
「ねえ、許してよ。
 私が歯医者が嫌いだってしてるでしょ。
 ここから逃がして――」
「ダメだ!」
 リョウは私の言葉を遮る。
 有無を言わせない迫力に、私はなにも言えなかった。

「嫌なんだ、君の愚痴を聞くのは!
 さっさと歯医者に行けばいいのに、痛い痛いって不満をぶつけられる僕の気持にもなってよ!」
「ご、ごめんなさ――」
「虫歯を治療して!
 話はそれからだ!」
 そう言ったあと、リョウは扉から出て行ってしまった。
 私が呆然としていると、傍にいた火星人がにこりと笑う。

「話は終わりましたかね」
「申し訳ないんですけど、キャンセルで。
 私、歯医者にトラウマがあるんですよ」
「なら後で記憶を消しときますね。
 じゃあ始めます」
「そうじゃなくって……
 あの、話を聞いて――」
「では、口を大きく開けて~」
「い、いやーーーー」
 私の叫びが宇宙船の中にこだまする。

 こうして私は火星人に虫歯治療を受けた、最初の地球人になった。
 新たなトラウマが作られたものの、腕は良く見事に虫歯は治療された


「うう、酷い目にあった……
 でもこれですべてが終わったと思えば……」
「あ、他にも虫歯があったのでまた来てください。
 いつなら来れます?」
「もう来ない!」
 私の受難はまだ続くのであった。

3/23/2025, 7:37:20 AM