先駆者、今の流行りを2,30年前に既に取り入れていた人がすごいと持て囃される様を見るのが好きではないのだと今日わかった。
「今こんな流行ってて主流みたいになってるけど当時はなにこれ!?ってなってたんだよ〜」
当時新しかったからすごいわけではなく、新しいやり方を切り開き、それが現在流行っているからすごいと言われるのだということはわかってる。それでも、なんだか今その流行りの質を高めて取り入れている人が少し下に見られている感覚がして不快に思ってしまうのはなぜだろうか。
「今これで有名な人いるけど、この人らがいなかったらこんな人気になってないよ。」
というような微かな蔑みのようなものが見えるからだろうか。もっと直接的に言うなら
「今人気の人はこの人らの猿真似に過ぎない」
こんな感じか。
どうしても、その先駆者本人でもないのにどの立場からマウントを取っているのか理解できないし、当時先駆者をリアルタイムで追えて陶酔していたことが先駆者程価値のある人になれる条件でもないのになと思った。
先駆者は自分の功績をすごいだろ!と主張することは少ないのではないか、周りの信奉者やその功績から出る利益を目的とした団体、得た知識を駆使して良さを知ってもらいたいその道の専門家などが代わりに主張することで広く知れ渡っていくのだろうなと考えた。
その中でも良く言えば影響力がある、悪く言えば声が大きいのは信奉者だろう。専門家や団体よりも圧倒的に信奉者の声が大きく感じるのはなぜだろうか。
8/11/2024, 10:44:41 AM