tatsumi

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 回転、回転、目が回る、空と地面が交互に視界を支配する、ぐるぐるぐるぐる回る勢いで、過去と現在が繰り返される。
 北海道に行くはずだった。行けなかった。中部国際空港、セントレアで待ち合わせをしたその人は、6月24日、姿を見せなかった。
 飛行機に乗ろうか、ギリギリまで迷った。搭乗手続きを待つ列から外れ、係の人に相談した。時間は遅らせられない、と当然のことを言われた。ギリギリまで待った。待っている間、徐々に考えは変わっていった。楽しみな気持ちは失せていった。その人が来るかというより、自分はどうしようか考えた。
 ずっと北海道に行きたかった。シフト制で、月給の少ない仕事をしているわたしにとって、飛行機を使う遠出は痛手だった。それでも行きたかった。小樽に。オルゴールを作ったり、運河を見たり、雪景色を見つめ、澄んだ空気を吸うことで、体の中に溜まっている澱を浄化したかった。
 行かなければお金が無駄になる。このお金があったら、日々の暮らしにちょっとだけど楽しみをプラスすることができた。毎日仕事帰りにお菓子を買ったり、バスキューブなんかを買って、入浴時間を贅沢なものにしたり、できたはずだったのだ。
 それらを上回る楽しみを北海道旅行に見出していたのに、分かち合っていたはずの相手は来なかった。
 係の人が見兼ねて声をかけてきた。いかがされますか。知らない、そんなの。わたしが聞きたい。
 飛行機への乗り口を見た。あそこに行けば、一人でも北海道へ行くことができる。小樽に行ける。新千歳空港に行くのも楽しみだった。テーマパークのようになっているのを、以前からテレビで見て知っていた。
 どうしましょうか。
 行った方がいいって、今日を楽しみにしていた自分が言っている。でもわたしは立ち上がれなかった。裏切られた思いが全身に伸しかかり、指一本動かせる気がしなかった。
 どうして来なかったのか考えるのは恐ろしかった。無理だった。寝坊ならまだいい。むかつくけど。でもそれならまた機会があると、自分に希望を持たせられる。
 もしも、「終わった」のだとしたら?
 結局わたしは一人、空港にぽつんと残されてしまった。
 わたしの席がある飛行機は、たぶんいつの間にか飛んでいった。気付くと、とうに出発時刻を過ぎていて、大きな窓から茜色の空が見えた。
 それでもまだ来ていない。彼は来ていない。わたしを選んではくれなかった。それどころか見捨てられた。
 手を伸ばしている自分に気づく。窓の外で煌々と広がる茜色を押し上げて、午前中に戻りたい。空港へ着く前まで戻りたい。こうなるとわかっていたらもっと早く起きて家を出て、相手の家まで殴り込みに行き、首根っこ捕まえて無理やり連れてきたのに。
 それほど行きたかったのに。
 北海道へ行きたかったのに。
 わたしはくだらない絶望に屈して行けなかった。行くと決心できなかった。悔しい。
 好きにならなければよかった。北海道の話なんて出さなければよかった。あんなに楽しみを語り合ったのに。職場に嫌な顔をされながら、なんとか3泊4日の休みをとって、このために贅沢を控えて、楽しい時間になりますように、ってただそれだけを願って、我慢に我慢を重ねて、期待に胸を膨らませていたのに。
 大きな金槌で殴り殺された気分だ。頭と心に大きな空洞ができたのを感じる。わたし、落ちてる。ぐるぐるぐるぐる回りながら、暗くて深い場所へ落ちていっている。
 もう何もがんばれる気がしない。



6/18/2024, 8:31:31 PM