大切なあなたが倒れた。
幸い、一命は取り留めて、意識はある。でも、人工呼吸器の管が入っていて、言葉を交わすことができない。
私たちは、よく喋るふたりだった。ほんの些細なことだってよく話した。そんな毎日の小さな日常が、私にとってすごく特別だったんだって、こんな状態になって初めて気づいた。
あなたのお見舞いに行ったら、あなたは目を開けて薄く笑ってくれる。小さく手を動かしてくれる。私が話せば、首を縦に振ったり横に振ったりして反応してくれる。
でも、あなたが唇を動かして、何かを言おうとしている時、私はそれを理解できない。あれやこれやと想像して口にしてみるけれど、あなたは首を横に振ってしまう。
もどかしい。きっとあなたが一番もどかしいのだと思うけれど、そう思わずにはいられない。
ああ、私が超能力者だったらな。そうしたらあなたの気持ちを察することがきっとできたのに。
お見舞いから帰って、1人分の夕食を作って食べて、お風呂に入って、そして、ベッドに入る。
前までふたりで寝ていたベッドに、独りで寝る。
さびしい。
目を閉じても、聞こえるのはひとりぶんの音だけ。隣から、あなたの音は聞こえない。
苦しい。
夏なのに、何だか寒いような心地がする。
瞼の裏の暗闇を見つめながら、思う。
夢の中で、あなたに会いたい。そしたら、きっと、前みたいにお話できる。
昼間喋れなかった分を、ふたりで喋り倒したい。
そして、眩しい笑顔のあなたが見たい。
ねえ、ふたり、心だけ、夢の世界で。
苦しい場所から逃げ出して、笑いあおうよ。
【心だけ、逃避行】
7/11/2025, 2:40:58 PM