『夢と現実』
こんな夢を見た。
ある日、私が常より大分早く帰宅すると、いつもは駆け寄るようにして出迎えてくれる妻が出てこない。
夕飯の支度でもしているのかと、そのまま部屋へ上がると、ソファに横たわる人影が見えた。
珍しいこともあるものだ、きっと疲れているのだろう。
足音を立てずに近寄ると、すやすや眠る妻の頭頂部に、パックリと裂けたような大きな口があった。
普段は高く結い上げた髪で見えないそこに、真っ赤な舌を覗かせながら開いている口。
まるでサメかワニのような歯がびっしりと生えている。
驚きのあまりよろけてしまい、弾みで物音を立てた。
その途端妻は飛び起き、私の姿を見て取るとすっと目を細めて言った。
「これまで仲良うやって参りましたのに、残念でございます」
そうだ、私たちは仲の良い夫婦であった。
嫁いできたときからずっと、妻は飯も食わずによく働き、私はそんな妻を大事にしていた。
飯も、食わず……?
思い起こせば、妻が物を口にしているのを見たことがない。
そんな人間が現実にいるだろうか。
これではまるで、昔話に出てくる――
「旦那様、おさらばでございます」
妻の手が私にのびる。
腕に、首に、女のものとは思えない力で指が食い込んでくる。
これは夢だ。夢でなくては。
こんなことが現実であるはずがない。
そう念じるものの、一向に目覚める気配がないまま、私の意識は遠のいていった。
12/5/2024, 9:50:16 AM