この少女には生まれてからこの方一度も捨てたことのない使命があった。
それは『箱』である。
鍵付きの一辺六平方センチほどの白い箱は、彼女が物心ついたときには持っていた物だ。
そして彼女にはこの箱ともう一つのものが天啓のように与えられていた。
手紙だ。
孤児であった少女の名前と、出生日。そしてどこかの住所。
施設の職員が、少女の家族がいることを期待してそこを訪ねた。しかし期待は大いに裏切られ、そこはとある日本の港町、その踏切。
しかし、路傍には枯れた献花のカモフラージュと共にラミネートされた封筒があった。
「国立国会図書館290」
それが少女の使命の始まりだった。
国立国会図書館の請求記号ラベル290番、一つではなかったその本のある一冊にまた紙が挟まっていた。
イギリスのロンドンから、太平洋の真ん中、名前のついてない島から閉鎖された炭鉱――。
辿り着けば紙は必ず見つかって、次の目的地も自ずと決まる。
放浪の旅は15年続き、成人を迎えて数カ月後、少女は日本の寂れた公園、その鉄柵が口を開ける獣道を歩いていた。
「某県の秘密基地」そう書かれた封筒は去年中国の農村で見つけたものだった。
そこで見つけたのだ。
それは簡単な花の装飾が施された、シンプルな鍵だった。
幾度となく偽物の鍵を掴まされたが、少女はそれに直感的に感じるものがあった。
これが少女の果てだと誰かが教えてくれているような不思議な感覚があったのだ。
チャック付きのプラスチック袋に入ったそれを開けて、鍵穴に差し込む。
ハマった。
その時少女を襲ったのは感動なんていうものではなかった。
手が震え、喉から引きつった声が出る。
少女は確実にこの状況に
――絶望していた。
旅路の果てに待っていたのは、究極の自由だった。
どこに行ってもいい。何をしてもいい。
5歳の頃から何もかもに指を差され、示されて15年生きてきた大きな少女にとっては、耐えきれない自由の空白がそこには広がっていた。
彼女は鍵を開けることはなかった。
そして、その後自由を享受することも――なかった。
【旅路の果てに】2024/01/31
1/31/2024, 1:54:51 PM