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夫婦

ずっと解けない謎がある。
世界のはじまり。宇宙の果て。人体の秘密。超常現象。
科学で解明できない不思議な現象や仕組みが、この世界にはいくつも存在している。
人間の感情もまた、その解けない謎に分類されるのではないだろうか。


夕食後のくつろぎタイム。
リビングにはテレビから聞こえる賑やかな音だけが響いていた。
飲み物片手にSNSを巡回していると、もう一人の演者の雑音が混ざる。
目だけそちらへ移すと、帰宅して早々炬燵に潜り込んでいた父がなにやらテレビに向かってぶつぶつ言っていた。

父が小さい頃、祖父(父のお父さん、私にとってお祖父ちゃん)が同じことをしていて、祖父に対してあれこれ文句を言っていたくせに、今、自分もやっている。
親に似るというのか、自分のことは棚にあげて、本当に口ばっかりだなと心の中で呟いた。

短気。いつも怒っている。自身の子どもより手のかかる大きな子ども。自己中心的、相手の気持ちを考えられないし思いやりない否定ばかりする、etc。

もう兎にも角にも、絶対にこうなりたくないと強く思わせる人が、悲しきかな私の父である。

独り言が終了したかと思うと、『なぁ?』と振り返って私に絡んでくる。

『そうだね』

この文句も私に聞かせるためにわざわざ言っていたのかと思うと、本当に性根が悪い。
本人はコミュニケーションの一環で話してるって言うけど、それにしても、もっと他の話題があるだろうに。絶対に娘との良好な会話内容ではない。
悪口ノリの絡み方なんて、今時の小学生でもしないよ、多分。


『ただいま〜』
『おかーえり』

両手に買い物カゴを引っ提げて母が帰還した。
休みの日にまとめて買い物に行ったのに、母はいつもどこかしらで何かしら買い物をしてくる。
真っ直ぐ家に帰りたくないらしいが、細々の出費はお金を使いたくない母のストレスになっている。悪循環だ。

母は仕事が終わっても家のことがある。
共働きなのに、かたや炬燵でぐうたら、かたや体に鞭打って家事。
昔ながらの亭主関白っぷりが、私が父を敬遠する理由でもある。


父と母。

夫婦。

二人が結婚した理由。

これが私の人生最大の謎といっても過言ではない。


結婚するというのは、どんな理由があるなせよ、この人とずっと一緒にいたい気持ちがあると思う。
もちろん好きって気持ちだけじゃ結婚は少し難しい。二人で生活していくのだ、自分の問題だけじゃなくなってくる。現実的に考えていく必要があるけれど、“結婚したい”の根底には“好き”という感情があるはずだ。

だから、父と母も、当時はお互いに“好き”の感情があったと思うのだけれど、にしてもだ。

娘の私から見ても、父みたいな性格の人と一緒になりたいなんて絶対思わない。
クソ野郎だ。
いいところを見つける方が難しい。
この人のどこがいいのか、全く分からない。
永遠の謎。

まずそもそも、私自身、人と付き合うことに疑問をもっている。

世の恋人たちを見て羨ましいと思わなくはないが、自分もそうなりたいかと問われれば、答えはノーだ。
好きな人もそれなりにいたから、好きになる気持ちは分かる。
でも、その先を求める感情の正体が分からなかった。

人間の感情は分からない。
同じ人間なのに。
自分のことすら分からないのに、他の人の気持ちなんて以ての外だ。

恋も分からない人が結婚も夫婦も語っても、どうしようもないだろう。

でもだからこそ、この気持ちを解りたい。

父と母は、無関心、無干渉、無感情的な、愛のあの字もあるのか分からない夫婦に見えるけれど、それもひとつの夫婦の在り方なのかもしれない。

こうあるはずだ、こうあるべきだ、なんて正解はないから。

人間の感情にも考えにも正解はない。

だから、私が今持っている考えも、気持ちも、それはそれで正しいと思いたい。

いつか、一生を添い遂げたいと思える相手に出会えたら、
ずっと一緒にいたいという気持ちが分かるのだろうか。

きっとその時が、ずっと解けない謎解きの答え合わせの瞬間だ。

11/23/2022, 11:23:56 AM